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その不安、人生に飽きてるだけじゃない?

先日書いた友達と話した、もうひとつ面白い話で「人生に飽きる」というのがあった。私にも大いに心当たりがあるのがだ、変化がないと退屈になりすぎて、このままじゃダメだ!とか、わたしに彼氏(夫、こども)がいないから?と思い始めて、世間のいうことともごちゃ混ぜになって、落ち込んで焦るのだ。それは世間がどうのとかいうことではなく、変化がなくて今の人生に飽きているだけだね、という話だった。定期的な変化が必要なタイプっているよね、とも話した。

わたしは基本的には同じことを繰り返すと安心するタイプで、できれば毎日同じ時間に会社に行って、同じ時間に退社して、ご飯を作り、食べて、というのが好きである。最近そういう生活になったのでわかったけど、前の、出張が多くて毎日出社時間が違うというのは、結構ストレスだったんだなーと気づいた。今は国内にいるときは定時だし、出張に出た時も長期出張であれば基本的に定時で、毎日の暮らしが安定していて、調子を整えやすい。ただ、そういうわたしも人生に飽きる、という症状に襲われることはある。2年に一回くらいだろうか、状況が変わらないのが続くと、漠然と焦りが湧いてきて不安になって、気分が沈むことがある。その状態はとっても不快で不幸せな感じがするので、何が原因か探って対処せねば!と躍起になって、いろんなもの、例えば彼氏がいないからとか、結婚してないからとか、仕事が向いてないからとか、今までの育ちがとか、を原因に据えて、そうかそれがないからこんなに不安になっちゃうんだ、そしたら、それを取り除かねば!と思って色々もがいてみた。もちろんそれで色々楽になった部分もあって、無駄ではなかったけど、今になって思うと、あれはただ飽きていただけだったな、とも思う。

人生に飽きた状態になると、わたしは意識が人に向かう。もともと空気を読んだり、人の感情を読み解くのが苦手で、人付き合いに苦手意識があるので、交友関係も広い方ではなく、それではいけない、そのことをなんとかしなければ!と思ってきた時期が長かったからかな、と思う。人を家に招いたり、積極的に人に会いに行ったり、仲間を作る行動に走る。あとは、勉強に走る。資格を取ってみたり、英語を勉強してみたり、生産的で意味のあることをしよう!となる。でも、そういうことを、不安な状態でするのは結構辛くて、よくそれに追い詰められたりしていた。

その話をしながら友達は、結局、何事も暇つぶしなんだよね、と言った。わたしもそうだなあ、と思った。どんな暇つぶしも、続けていると飽きてくる。飽きには変化が必要で、その変化のバリエーションを持って適度に刺激を与えると人生は楽しくなるよね、みたいな話をした。仕事は、暇つぶしと言うと怒られちゃいそうだけど、最大の暇つぶしで、しかもお金や承認までもらえるから、そこに逃げる人も多い。恋愛も結婚も出産も育児(介護は違うだろう)も、人生の主要イベントはことごとく暇つぶしにはもってこいだよなあ、と思う。渦中にいると、大変!大変!なんだと思うけど。先にあげた人生の主要イベントは、どうしても他人が必要で、自分の力だけではどうにもならないことが多くて、それが一層それらの暇つぶしの味わいを増して、やたら渇望したり、がっかりしたりする。

人生に飽きる症状に襲われたら、わたしのオススメは、自分1人である程度コントロールできる、自分の楽しいことに集中することだ。他人はコントロールできないし、楽しそうにしている人は周りを明るくするから。それが勉強かもしれないし、アニメやゲームかもしれない、友達を作ることかもしれないし、本やマンガかもしれないし、こうやってブログを書くことかもしれないけど、ともあれ、楽しいことをやっていると、変化は向こうからやってくるように思う。変化は楽しそうな人が好きなのだ。いい変化だけじゃなくて自分にとって嫌な変化もあるかもしれないけど、所詮暇つぶし。適度に受け入れ適度に逃げて、自分が心地よいようにやればいいのだ。

 

おしまい