結婚の決め手はフィーリング(価値観)の一致ではなく、Feeling(感情)の尊重

papuriko.hatenablog.com

パプリカさんの筆圧に圧倒されたので、触発されて書く。この間、日本での結婚披露パーティをささやかに執り行った。その際に、私たちは国際結婚なので、司会者をバイリンガルの方にお願いして、会の進行も2カ国語、スピーチなんかも要約してもらった。それはもう、司会者の方普通の2倍喋るわけで、でもちゃんとパーティーも進行して、素晴らしいお仕事だった。ゲストの人達にも、そこは結構お褒めの言葉を頂いた。ちょっとお金は張ったけれど、頼んでよかったな。で、本題

私たちの結婚の決め手はフィーリング(価値観)が合うことではなかった。

パーティーの最後に、私達二人からのスピーチをやった。日本の標準的な式だと、花嫁の手紙読んで、両親にスポットライトして、涙涙って感じの流れになると思うんだけど、どうも遠くから来てくれたゲストに身内のあれこれ見せるのはやだな、と思って、私たちはただ二人からそれぞれスピーチをするということにした。で、心臓に毛が生えているオット氏は特に原稿も用意せずにその場で「私がはじめて日本に来たときどれだけコミュニケーションが大変だったかの話、からの、違う文化、言葉を持つ私達にとってどれだけコミュニケーションが重要か、そして私達がお互いの気持ちを大切にして、伝え合い関係を深めてきて、ようやく今日という日を迎えました」的なことを言ったのだが(多分)、それの日本語の要約が「私たちはとてもフィーリングが合って結婚をしました」みたいな話になってて、おろ?と思った。私達がやってきたコミュニケーションはフィーリング、つまり「価値観が合う」みたいなぼやっとしたものではなくて、まあ要約するとそういうことになるのかもしれないけど、もっと現実的でめんどくさい“作業”だった。

地味な話し合いの積み重ね

お互いに自分のお気持ち(feeling)を表明しあい、そしてそれに対してお互いがどうするかを考え、考えた結果を実行した。それがうまくいけばお互いに称え合い、褒め合い、すこしでもお気持ちになればまた話し合い。それの繰り返し。別に、もともとフィーリングがぴったりあっていたわけでもなかったし、そもそも、私にとってお気持ちの表明自体が最初は非常に高いハードルであり、それこそ文化も背景も違う私達にはお互いに気持を表明し、それをすりあわせていくのに長い時間を要した。オット氏は私のお気持ちを尊重する姿勢をいつも貫き通し、そのすり合わせの話し合いに対して労力を惜しまなかった。こういう姿勢のある人なら、これから色々と出てくるだろう価値観の違いも二人で柔軟にすり合わせていけそうだ、と思ったのが一番の結婚へ踏み出す決め手になった。その、すりあわせすることをとても大切に思っているというのが私達2人の一番価値観が合うところかもしれない。


オット氏のような人に巡り合ったのは完全なる偶然で、結婚までたどり着いたのも縁があったとしか言いようのないものもあるが、一応、私達ふたりは前向きに努力をし、意図的に関係を深めていった。それは私にとっては結構面白いことで、これから続けていくに値すると思っているということを書き添えておく。


おしまい