尽くす自分と切る自分


「あなたを大切にしない人のことを、あなたが大切にする必要はない」 - インターネットの備忘録

 

とてもはっとしたので、書いておこうと思う。どこにはっとしたかというと、次の二つだ。どちらも自分がしたことがあって痛い目を見たからだ。

 「自分を大切にしてくれない人を大切にしてしまう」

「すごい勢いで距離を詰めた人を切ってしまうこと」

自分を大切にしてくれない人を大切にしてしまう

 恋愛で一件、仲間関係で1件痛い経験をした。

前の彼氏の話

恋愛は、前につきあっていた人との関係だ。前の彼はとてもいい奴だった。当時自分のことにまったく自信がなかった私は、彼をいい奴だと思いすぎて、自分の判断基準をすべて「彼」にした。すべての予定を彼に合わせ、何もかもにYESといった。別れるという段になって、ひどい別れ方をしようとする彼のことを私は彼を責めたり怒ったりできなかった。

彼が私に特段何かひどいことしたということではない。本当にいい奴だったから、並外れたことは一切しなかった。ただ、彼は私のことが大切で、並外れたことをしなかったわけではない。彼は彼が一番大切だったのだ。私のことはある時点でどうでもよくなっていたが、私が一生懸命彼を大切(っていうのかなこれって)にしていたため、「自分が誰かに好かれていて、その人のことを自由にできる」というのを、失いたくないがために、彼は私と付き合っていたのではないかとさえ思う。この辺はどこまで行っても邪推だが。私は私で「人のことを大切にしている自分」というのに酔っぱらっていたというわけだ。アーメン。

仲間関係の話

 もう一人、仲間関係では、ボーダーライン症候群の仲間と縁を切った。中学時代から一番の親友と呼べるほど仲の良かった子なのだが、大学に入って鬱を発症し、ありとあらゆる精神病を併発した。かなり距離が離れていたので、手紙のやり取りや、mixi等でつながって、できるだけのことをしようと考えていた。しかしある日、mixi上にとてつもなくひどい書き込みをされた。それ以前も、ちょくちょくひどい書き込みをされていたのだが、病気だし、と思って黙認していた。これは、私にしかできない、彼女を支えるということだわ、とさえ思っていた。その日の暴言は、私に対するものではなくて、私の日記にコメントしてくれた人に対するものだった。その暴言の後、何かがぷちんと切れた私は、そっと、彼女の日記を見るのをやめた。そして、数年後、私はまたも彼女に攻撃され、盛大にうろたえ、いろんなものがぶちぶちと音を立ててキレ、観念して、私は彼女をマイミクからはずしメールアドレスも捨て、年賀状を送るのをやめた。そこからは音信不通だ。多分彼女が近くにいたら、盛大に巻き込まれていたに違いない。容易に想像できる。なぜかと言えば、私は自分が救われたかったので、誰かを救うこと(尽くすこと)で満足しようとしていたからだ。 

自分を大切にするってどういうことだかわからない?

本当に自分のことを大切にしようと決めて、自分のことを大切にしない人と付き合うことはいかに自分をないがしろにすることか分かった。ないがしろにしていい自分などいない。自分のことを本気で大切にできるのは突き詰めると自分しかいない。そのことが分かってから、誰かのことを大切に思うことがどういうことなのか、考える手がかりをつかんだように思う。

自信がなくて誰かにバランスを超えて尽くしすぎてしまう人は「やってもらったら、8割くらいお返しをする」というのから始めるとよいと思う。尽くしすぎてしまう人は自己肯定感が薄いため、自分が何かをしないと誰も何かしてくれないと思っている。だから頑張りすぎるのだ。でもそれは嘘だ。あなたのことを大切に思ってくれる人はあなたが何もしなくても、何かを与えてくれる。まずはそれを受け取ること。それをやっていると、ある日視界がぱっと開ける日が来る。人を大切にする前に、まず自分から。 

すごい勢いで距離を詰めた人に切られてしまうこと

長くなったので、次のエントリに書きます。