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「誰でもロンリー」だから寂しいし、うれしい

YUKIさんが毎回アルバムが出るたびに買っているくらいは好きだ。

誰でもロンリー

誰でもロンリー

 

 これで40over、こどもも私の知っている限り2人産んでいる。ともすると私より若く見える…。さておき、最新アルバムFLYの1番最初の曲、誰でもロンリー。とてもいい曲である。踊れるし、歌詞もいい。

誰でもロンリー

ど真ん中、直球の曲名。これを1曲目に持ってきたのもすごい。よく聞く言葉で、前はそうだよね、と思っていてもあまりわかっていなかった。この言葉が肚に落ちて、受け入れたときに、やっと視界が開けた気がした。と、今日はそういう話。

とても寂しかった

「誰でもロンリー」を受け入れていない人は、人に理解を激しく求めたり、受け入れてもらおうと躍起になる。と偉そうに書いてみたが、何のことはない自分の話である。勝手に一般化すんなよ。大学生のころから社会人になって本当に最近までずっと寂しかった。周りを見てみても、寂しそうな人はいなかったので自分だけ寂しいんだと思っていた。そして、誰かが自分のことを理解してくれればこんな穴の開くような途方もない寂しさはどっかに行くんじゃないかと思っていた。

いろんな方法で寂しさを埋めようとした。でもどれもことごとく失敗した。男の人と付き合って見て、寂しさをぶちまけてみたけど、当然ダメになった。いっぱい買い物をした。仲間にあって話したりした。でもまださみしかった。それで、Mixiへの書き込みを続けた。コメントが付くと少し救われるような気がした。twitter、FB新しいものが出るたび飛びついて、更新して、周りの反応を待った。それを見ている間は寂しくないような気がした。でも、それに依存し始めた自分はとても惨めで、やめた。また寂しくなった。

寂しさの大ボスと対峙する

私は、この寂しさの大ボスは、きっと私が小さいときに「幸せな家庭で育たなかったからだ」と思った。それは半分当たっていて、半分外れていた。それからアダルトチルドレンについて調べた。ワークもした。今も自助グループに通っている。知識や取り組みは思いの他、社会生活を楽にしてくれた。そしてそうやっているとあるとき突然、自分の中の寂しさを「ま、いっか」と思えるポイントが来た。寂しいのはデフォルトだと。誰でもロンリーという点だけでのみ、人間はみーーんな一緒だと思えるようになった。寂しさは残ったけれど、それは一生消えないものだと納得した。大ボスがわかっても消えないことが分かった。変な安心感があった。

自分の気持ちも辛さも自分だけのもの、だから寂しい

ずっと、自分の考えや辛さを全部誰かにわかってもらおうと思っていた。でも、誰でもロンリーで、皆それぞれ違うから、この気持ちも考え方も私だけのもので、全てを誰かにわかってもらうことなんて不可能だと思えた。幻想が消えて、目の前がとてもクリアになった。これからは何もかもじぶんで自分のことを助けてやろう。なんでもわかってやろう。誰かにして欲しかったこと、自分がやりたかったこと、我慢してたこと、全部させてあげようと思った。小さい頃に家庭で学べなくて、今だにうまく出来ないことはできるようになるまで自分を育てなおそう。そして、自分が自分を幸せにしてやろう。手段は選ばないぞ。そう思ったら、なんか足元は頼りなくすかすかして寒いし、怖いし、ある意味寂しかった。自立って、こういう気持ちを言うんだと一人納得して、これから先の自分にドキドキした。悪い寂しさじゃなかった。

自分の気持ちも辛さも自分だけのもの、だからうれしい

それから、人に何かをしてもらったらすごくうれしいと思えるようになった。気持ちを聞いてもらったら、ありがたいと思えた。自分しか持てないと思っていた気持ちを誰かがシェアしてくれるなんて、とても素敵だと思った。私は私のままなのに、なんだか世界は柔らかくて気持ちよくなった。なーんだ、今までのしんどいのは何だったんだと思った。

まとめ

寂しくても大丈夫。デフォルトだから。寂しいのと良く付き合って話し合って、仲間に加えたら、しんどいのが和らぐ日も来るかもよ。

 

おしまい。