「あなたのためにしてやっている」という人の自信のなさ

今日は池袋にプラネタリウム見に行ったんだけど、完全に爆睡したっす。一緒に行った仲間も意識を失っていた。何と気持ちよく寝れる場所だ、プラネタリウム。悔しいような、でも気持ちよく寝たから、いっか。

恩着せがましくお節介をする同期と出会った~(ウルルン滞在記風に)

さて、10月になって彼がやっとこさ社会人になった。めでたい。私もうれしい。で、彼にいろいろ話を聞いていると、おもしろいことを言っていて、

「おんなじシマの向かいにちょっとやな感じの同期が座ってる。とても英語のうまい日本人の女性なんだけど、誰かが僕に日本語で話しかけたら、その内容を勝手に英語に通訳して、助けてやった風にしてる。なぜだかわからないけど、良い方も乱雑。一言も頼んでないのに。いつも嫌そうに何か手伝おうかと言って、すごくなげやりに手伝う。すげー嫌な感じ。それに、ちょっと出身国によって人との接し方が違う。インド系の人にはさらに嫌な感じ。ちょっとレイシストなんだと思う」*1

と、いつも穏やかで誰とでも友達になれると信じている彼にしては、困った様子だった。私はその時に、あーーー、なんかわかっちゃう気がする、と思ったけれど、何がどうわかるのかわからなかったので、うまく説明できなかった。*2 彼には、「日本で育っていると、普通は日本人しかいないから、他の国の人は怖いんじゃない?」とか言ってみたが、話しながら自分でも、会ったことないから怖がってるっていうのはちょっと違うなーと思った。

 私はその人に会っていないので、細かなことはまったくわからないし、そもそも人のことなど分かるはずはないので、ここから先は私の完全な邪推だ。というか、なんとなく私にダブったので、そのことを書いてみようと思う。

つまるところ自信がないのだよなー

その人は日本人で、英語がペラペラとのことなので、留学をしたのか日本で学んだのかは知らないけれど、かなり努力をされたのだろう。努力をした人なら、日本語の基礎がありながら思うように操れない、もどかしい彼の気持ちを想像できるのではないかと思うのだが、そして、彼女なりに助けようと思っているのではないかと想像するのだが、全然うまくいってない。むしろ嫌われている。

勝手に私に重ねてしまって、ああ、自信がないのだよなー。と思った。自分がきちんとした会社に入れて、自分でもたくさん努力してきたのに、それに全然自信がないんだろうなと思った。認められなかったらどうしようという恐怖心が自己防衛をして心を閉ざしてつっけんどんになる。自分が尊敬されたい、すごいと思われたいという気持ちが見え見えの恩着せがましい態度。私は誰かを助けることのできる、気の利く素晴らしい人間だということをアピールしている様だ。入社したてで、はりきっているのもあるのだろうが、自信があれば堂々として、自分のやるべきことを淡々とやるはずだ。そして、人を助けることももう少し余裕を持って、心から出来るはず。その人は自分が助けることで、認められるという見返りがほしいのではないかと思う。でも、嫌々手伝われたって周りの人は困惑するばかりで、いつまでたっても欲しいものを得られない。

せこさは伝わっちゃうんだよね。

私も、入社して何年かは、なんとなく空回りしていた。努力もしてきた、向上心もある。だから、自分がなぜそういう風にしかできないのか、なぜ、人を助けているのに、認められないのか、周りとなじめないのか。私はずっともやもやしていたし、実際に全然うまくいかなかった。同期との関係はなんとなく希薄で、私は彼らに全然求められていなかったし、嫌われていた。というか、今も嫌われていると思う。人に認められるために人に対して何かをすると、周りの人にそれはだだ漏れになる。「あなたのためにしてやってる」という気持ち悪さ。そういうせこさは伝わる。

何かがほしい時、自分の力で出来る方法を選ぶ

何かがほしい時は、なるべくただ自分の力で出来る方法を選んだほうがいいと思う。認められたいなら、まずは自分で自分を認めるところからやった方がいい。他者承認は確かに魅力的だが、誰かに認められているから私はOKだというのはとてももろい自信だ。その承認をくれた誰かや何かがなくなったとき、また自信のない状態になってしまう。いろいろダメなところもあるし、うまくできないこともあるけれど、自分は悪い人間ではない、というベースを自分で持ってられるのは強い。その上に乗ってくる他者承認はおまけみたいなもので、貰ったらそりゃうれしいけれど、必須ではない。他者承認を得ることに目的にして必死になることはない。自己承認のできる人間は自分を脇に寄せて、その仕事の目的に忠実にただ動ける。自分が認められたいというのが目的になると、どこかがぶれてしまうと思う。

などと、偉そうに書きながら、自分でもまだ他者承認を切望してしまうときがある。いいのだ、それでも。人間は完ぺきじゃない。今から少しずつトレーニングをするので大丈夫。私はまだまだこれからの人間だ。

その人も、いつかもっと気楽に生きられるようになると良いなあ。いつか気付くといいなあ、良い出会いがあるといいなあと思った。私がその人に会うことはないし、別になんの義理もないけれど、心の中でそっと応援した。

 

おしまい。

 

ちなみに彼は自分のことを自分で守れる人間なので、そういうタイプの人に精神的に振り回されたりはしないだろうから、全然心配していない。が、話したければ話はゆっくり聞こうと思っている。

*1:彼はアメリカの大学ではみっちり日本語を学んでいるので、ある程度の基礎能力はある。なので、「日本語が全然理解できない」と思われて勝手に通訳されたら、そりゃバカにされているような嫌な気分になる。

*2:英語で話そうとすると英文作成に頭のメモリを持っていかれて、どうも思考が深まらない感じ。まあ、そもそも話をしているその場では思考が深まることはほとんどないが…