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実家のある街で男親の謝罪を受ける

先週末は仕事の関係で実家に1泊した。古い仲間と飲みに行ったりして、楽しいことは楽しかったが、今はもう地元に対して、懐かしいという思いすら湧いてこない。ただの「実家のある街」になってしまった。前は帰る飛行機から地元が見えるときにドキドキして、帰ったら懐かしー!ほっとする!とか思っていた。今はたまの出張の時と仲間の結婚式に行く地方都市のひとつになった。地元に帰るために地元に帰ることは最近はほとんどない。ほかの地方都市と一点だけ違うのは私はそこの方言のネイティブであることぐらいだろう。こんな話は地元の仲間が聞いたらきっとすごく悲しむだろうから言わないけれど。

今や実家は私のトラウマの巣窟のようになっていて、帰るたびに気持ちが落ち込んでつらい。何を食べても胃もたれするし、とにかく眠たくてならない。多分、私の防衛本能のアラームが鳴るのだろう。ここは危ない、ここは危険、とにかく感覚を鈍らせて!と。そのプレッシャーやストレスは私の胃を直撃する。(母の作る料理はいつもおいしく、創意工夫に富んでいて、新しいものもどんどん登場する。帰るたびに新しい料理を作っているので、すごい。のに、全然食べる気がしない)

父に謝罪された

私は小学生~高校生にかけて、男親に虐待を受けて育った。私に対しては主に言葉の虐待だったが、私とは逆に暴力を受け続ける兄を何もできずに見ているのは本当につらかった。私が自分の女性性をうまく受け取れないのは、何もできなかった自分が悔しかったからかもしれない。何よりもつらかったのは、そのことを誰にも言えなかったこと。家の中はぐっちゃぐちゃで、どんなひどいことを見てもされても、毎日普通に学校に行って、普通の家の子のようにしてなければならなかった。誰にも、言えなかった。辛いのも、悲しいのもどんな受け皿もなかった。私は嘘とごまかすことが得意になった。そういうつらさをばねにして、私は高校卒業と同時に家を出た。勉強している間は、何も考えずに済んだ。

最近驚いたことがあった。最近、ようやく母に、あのころは本当につらかったんだよ、といえた。そしたら、驚くべきことを母の口からきいた。「お父さんがね、なんで最近○○(私の名前)は俺に対してつらく当たるんだ。俺何かしたか?っていうのよ」母は「あなた自分が今まであの子たちにしたこと覚えてないんですか」と聞いた。すると「覚えていない」と言ったそうだ。そうか、覚えていないのか。そうか。悔しかった。せめて、自分のしたことくらい覚えていてほしかった。謝らなくてもいい、いい人間にならなくてもいい。せめて、自分のしたことくらい。

その後父から、メールが届いた。「謝らせてほしい」と。私は「謝罪は受けない」と返信した。今回実家に帰った。少しすると、父がよたよたと居間に来て、

「○○のトラウマは全部おれのせい。謝っても許してもらえるとは思えないが、謝罪したい」

とのたまった。私の気持ちは静かだった。なぜなら、私は実家では自分の気持ちを感じないような設計になっているからだ。私は男親の謝罪中、空を見つめながらふーん。この時間が早く終わらないかなと思った。今、これを書いていても、あまり何も感じない。この何も感じない、というのが、私の最大の壁なんだと、最近は思っている。このことについては詳しくまた、書きます。

とりあえず今日のところは、これで。

おしまい。