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団地ともおを見て自分のできること出来ないことを考えた

昨日、NHKでやってる団地ともおをみていて、靴紐が結べなくて悩むという回だったのだが、ともおが言った一言に笑った。仲間たちから、お前は靴ひも結べんのかよ、ともお!と言われ、ともおはこう答える。

「俺、結べねーよ!」
仲間は、この間、全然ヨユーっていってたじゃない!と、ともおを責める。
「だっておれ全然結べないの気にしてねーもん。ヨユーで。」
ともおの仲間のあるひとりはスキップが出来ず、ひとりは鼻をかめず、ともおを含め3人は靴ひもが結べず、さらにともおはシャツのボタンをとめられないのだった。ボタンは流石に仲間に気にしろよとつっこまれていたが…。
ともおの言葉に笑いつつ、しんみりもした。大人になった私たちは、スキップも、鼻をかむのも靴紐結びもボタンをとめるのも、なんでもできるようになる。自活をはじめ、家庭を持ち、傍目には本当になんでもできるように見える。でも、それぞれがそれぞれの「なんでそんなことも出来ないの?」を持っている。とても当たり前のことだけど。
後輩を一人つぶしかけた話
これについては、一度とても苦い経験をしたことがある。私は後輩をひとり潰しかけた。
私は3年前に初めて指導係としてひとりの後輩を受け持った。一人前の技術者に育てなければ!私はとても張り切って、後輩が配属されるまで、いっぱい人材育成関係の本を読み、うきうきと待った。いざはじまってみると、とにかく、「なんでこんなことも出来ないの?」の連続だった。指示内容と違うことをやってくる。全然確認をしない。注意するとふてくされる。旧帝大の有名な研究室の修士だと鳴り物入りで入ってきたのだが、仕事への責任感が全く感じられず、自分の出来ないと思ったことには全くチャレンジもしない。毎日毎日、その後輩の世話にかかりっきりだった。自分の仕事はその後輩が帰った後にすることになるし、課の雑用は私に全て降ってくるし、過重労働でストレスいっぱいの日々だった。
その後輩と私の仲は日に日に悪化した。私は私の価値観を押し付けて、思い通りにその後輩をコントロールしようとしていたし、後輩はそれとうまく距離を置いたり、はっきりと自分の意見を持てるほど人間的に成熟はしていなかった。当然、本来なら、先輩である私が適度な距離を保って余裕を持って生暖かく見守るのが正解なのだが、そのときの私は、後輩が仕事をきちんとこなせないのは私の責任だと思い込んでいて、なにか出来ないことがあるたびに逐一注意し、後輩はその度に萎縮し反発した。私が人間的に成熟していなかったのだ。上司にも先輩たちにも相談出来ず、私も後輩もお互いにヘトヘトになったころ、上司から、私からその後輩と一緒に仕事をしないよう通達が出た。配置換えまではいかなかったが、ほとんどそんなようなものだった。今は、本当に用事のあるとき以外は口もきかない。
なんでこんなこともできないの、では出来るようにならない
特に悔やんでいるわけではない。そのときの私は精一杯やって失敗した。その後輩には悪かったかもしれないが、仕事の基本と、大切にしなけれはならないことはきちんと体系だてて教えた。相性が悪かったのは不幸なことだったけれど、お互いに学ぶことはあった、ナイスファイトであった、と思うことにしている。苦い経験には違いないが。
私はずっと、私が新入社員のときはこのくらい出来ていた、もっと頑張ってた、こんなのは普通のことだ、と後輩をみながら思っていた。なんでこんな簡単な事が出来ないんだろう。と。私がその後輩に対して成熟したひとりの社会人としてうまく接することが出来なかったように、その後輩も出来ないことがあった。それだけだったのだと思う。なんでこんなこともできないの、と理由を問うたところで出来るようになるはずはない。私が授けるべきは、目の前の巨大そうに見える敵と戦う武器と勇気だった。
自信のなさは傲慢とあまり変わらないところにある。こんな私にも出来たんだから、お前にもできる、はやはり傲慢なのだと思う。出来ないことは素直に教えを請い、できることはシェアする。必要以上に考え込まず、フラットでいること。『出来ねーの全然気にしてねーもん。ヨユーで。』いや、気にしろよっていうツッコミも含めて、そんな気持ちで居ることが、私の気持ちも向かい合う相手の気持ちも救うのだろうなあと思った。
 

 

 

 

団地でDAN!RAN!

団地でDAN!RAN!

 

 

 

 

ともおのアニメを見始めたのは、オープニングテーマが怒髪天だったから、というのが大きい。