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「甘えるな」という言葉が開く、あなたの中の依存心の扉

前の記事が思いのほか多くの人に読んでいただいているようで、びっくりしてます。ありがとうございます。

で、引き続き自尊感情のことについて。このエントリを読んだ。


毒親育ち妻と普通の家庭で育った旦那との間に起こったこと - パンケーキ日和

 

このエントリのブコメの中に、「育ちが辛くて、自分がこうなってしまった、とそのせいにすることは甘え、自立しろ」というコメントが結構あって、みんなきびしーな!と思った。確かに、そのまま死ぬまで全てをそのせいにして生きている人もいるだろう。そういう人は大概めんどくさい人だから、嫌悪感を覚えるのはわかる。昔辛いことがあった人の中にも、そんなことは過去のこと、とすっと思えて、過去の自分の責任として過ごしていける人、そういう強い人もいるだろう。それはそれで尊いと思う。でも、私はこの、甘えるなという言葉にどうも反応してしまった。この人に甘えるななんて誰が言えるんだろう、と思った。
 
過去に意味づけをしたい人だっているんだよ
甘えずに強く生きていく!と決めた人と同じように、自分がどうも標準と思われる人と違う、生きにくいことを自分の育ちのせいだ、と気づいて、自分のせいだけじゃなかったんだ、自分はこんな時にこう考えてしまうんだ、ということがわかるというのも、尊いと思うんだ。だって自分の人生を生きていくのはその人だし、その人が過去にどんな意味づけをしていくかはその人が決めていいと思うから。自分のせいだ自分のせいだって思って自分を責めていた人が、そうしなくてもいい生き方もあるのか?気づけたら、少しだけ自分の肩の荷が下ろせる。そしたら、ああ、こんなに楽に生きていけるんだ〜、え?今まで私以外の人はこんなに楽に生きてたの?今まではなんだったんだ?!って思う。
 
誰だって何かを背負っていてその影響を受けてる
誰でも背負うものがある。それは確かなことで、育つ過程で傷つくことはどんな人にだってあるし、例えばとっても幸せな家庭で育ったがゆえに、家庭でつらい思いをしている人やいろんな思いを抱えた人のの気持ちが分からなくてデリカシーのない人になってしまったり、自分にそういう暗くて辛いエピソードがないことを物足りなく思ったりすることもあるかもしれない。
その背負うものが、自分にどう影響したかを知ることは、つまり、自分を知ることだ。自分を知ると、どんな時にどんな風になるかわかるから、あらかじめ対策ができる。周りの人に伝えることもできるし、そういう状況を自分で避けることもできる。自分の言動にを知るのにそれがどこから来たのか、何かしらの原因を探すというか、意味づけがいる人もいれば、いらない人もいる。意味づけのいらない人は、私はこうなる、だからこうする、とあっさり通り過ぎることができるのだろうが、私は自分の行動や考えの理由が知りたい方だったので、一時期ずいぶん親のことではしょげた。まあ、何かしらの理由をつけることが出来て、自分のことを少しずつ知っていくと、日に日に楽に、日々が楽しくなって行った。生きることは、こんなに楽なことだったとは、昔の自分は全然思ってなかった。
一旦親のせいにすることで、安全・安心を手に入れる、それが基本的自尊感情のベースになる
そうやって、一旦自分の過去のことを全部親のせいにして、自分を受け入れて許して大切にして過ごすという安心・安全感を手に入れると、自分の未来を自分で生きていく、自分なら大丈夫、やっていける、という”基本的自尊感情”のベースが築けるようになる。そしてようやく、自分の未来は自分で作っていける、責任もって自立してやっていくぞ、という決意を固めることができる。最後に、自分の過去のことを受け入れ、それでも、私は自分の力で幸せになれる、なろう、と誓って、過去のことがどうでもよくなる日、というか、過去を自分から手放す日というのがやってくる。つらかった過去はある意味自分のアイデンティティなので、それに頼らず、それのせ意にせず生きていくというのはなかなか気合のいることなのだ。自分の今は自分が作る、自分で自分の未来を選ぶ、そう思えて、そうできるようになってくると、自信がついてきて、過去のことが自分に影響しなくなってくる。そしてやっと、ああ、あの時の親はこういう気持ちだったのかもな、そうだよね、まあ、人間完璧じゃないものね、と思えるようになる。許せないかもしれないけど、どうでもよくなる、くらいまではいくのではないかと思う。(私は、もう親のことはどうでもいいやと6割くらい思う)
過剰な自立ははたして自立と呼べるのか
このベースが若いうちに出来上がっていれば、こんな風に大人になってから何かのせいにする必要もない。そもそも親の保護下にあるときなら、何かを人のせいにしたって問題ないし、許されがちなので、その間に確立できていれば何の問題もない。でも、なにがしかの理由でそれが確立できなくて、一般にいうところのおとなの年齢に達してしまった場合、誰かのせいにしてはいけないという世間の価値観に過剰に適応して、過剰に自立したりする状況になる。(または過剰に依存した状況になる人もいるのだろう)そして、自立した人間でなければいけないと思い過ぎると、依存的な人や行動を毛嫌いするようになって、依存的だと感じることを攻撃したり、口を出したりする。うまく頼って、うまく頼られて、自分でできるところは自分でやって、相手のことも尊重して、というバランスをとることができなくなってしまう。過剰に自立(依存)した状態は当然つらい。いまいちうまい人間関係を築けない。でも本人には、自分がなぜつらくなってしまっているかが分からないのだ。
自分で自分を育てなおすと決めることの尊さ
私は、親が、育ちが、つらかったというのは、災害に遭ったようなものだと思う。災害でつらい思いをした人に、そんなの甘えだ、甘えるな、と言えるだろうか。子供だった、私は自分の目の前で起きていることに何もできなかったのだから、仕方がなかったのだ、私のせいではなかったのだ、とその人自身が思うことを、私はどうしても責められない。悲しかったこと、つらかったこと、それが「自分に」起きたということ、それを受け止めるのは大変なことだ。大人なら、涙して、悲しんで、最後にはぐっと受け止めて、いつかは未来を見れる。子供の時は、それを普通大人と一緒にやる。その時にそれができなくて大きくなってしまったら、自分で自分にやるしかないのだ。それがどれだけしんどいことか、大変なことか、そしてなによりも「悔しい」ことか、私は知っているから甘えるななんてとても言えない。
自分が自分と一緒に、自分に甘えて悲しんで、励まして、一緒に成長する、自分で自分を育て直しする。そう決めた勇気のある人のことを私は応援したい。それは、大人になると、自分自身でしかできなくなっているからだ。医者やカウンセラーなんかの人の手を借りても、結局最後は自分で自分を変えていくしかない。周りの人は、温かく見守るだけなのである。残念ながら。
「甘えるな」と言う言葉が示すその人のアンバランスさ
今回、「甘えるな」というブコメを見て、そしてそれにいっぱいスターがついているのを見て、言葉は悪いが、「マジうるせーな、ほっとけよ、」と思った。その記事を書いている人は、明らかに自分の辛かったことを辛かったと認め、自分で未来を切り開く方向に進んでいた。それのどこが甘えなのか、私には全然わからなかった。甘えるな、と言った人たちは、本当は自分も甘えたいのではないだろうか。人の依存心に反応しているというのは、過剰に自立に傾いているということなのではないだろうか。そういう状態の人は、他人にもそうあることを強いる。私は甘えてないんだからお前も甘えるな。そんなのジャイアンだ。自分と他人は違うのだ、そして他人は「あなたと違って完璧ではない」。本当に自立していて自分を受け入れていて、基本的自尊感情が築けていれば、人の依存心も受け入れられる。と私は思う。そういうベースがある人は謙虚で、優しい。自分のことも相手のことも許せるから。
あなたが言う「甘えるな」は気づきへの第一歩
あんなこと辛くなかった、大したことじゃない、もっとつらい人がいる、と言って自分で自分の気持ちを否定し続けている事が、そもそものアンバランスの原因なのだから、もう、あの時の自分には辛かったと認めちゃえよ、と思う。そこが、あなたの、私の、スタートなのだと思う。そのスタートラインに立った人を、私は否定しない。応援したい。
他人の甘えを受け入れたときに、あなたの中にある依存心に気付いて、受け入れることができると私は思う。「甘えるな」という言葉はそれを言った瞬間に、他人の甘えに気付いていることを意味する。そして、自分自身の甘えや依存心に気づき、それを癒し、基本的自尊感情を高める入口になると私は思う。
 
おしまい
以下、つらかった時に助けられた本を貼っときます。
 
私は流行りの”毒親”という言葉は好きではないけれど、語源になった(?)「毒になる親」という書籍には本当に助けられた。徹底的に子供の側に立って味方になってくれる本。まずはこれから読むのをおススメする。
毒になる親 一生苦しむ子供 (講談社+α文庫)

毒になる親 一生苦しむ子供 (講談社+α文庫)

 

 

なんかブログとか読むと、若干イラッとすることがある著者だけれども、この本でずいぶん方向性を定められた。この人自身がめんどくさい人だったから書けた本。

「めんどくさい女」から卒業する方法~「でも」「だって」「どうせ」が口ぐせのあなたへ

「めんどくさい女」から卒業する方法~「でも」「だって」「どうせ」が口ぐせのあなたへ

 

 社会生活は仮面をかぶればなんとかなるが、恋愛はもろに自分の素の癖が出る。どうも恋愛がうまくいかないと思ったら、一読をおススメする。アルコール依存症のことに特化して書いてあるが、一助にはなると思う。なんか題名が若干引くけど、日本の女の人は概して愛しすぎちゃうタイプがよしとされているので、(これを読んで外国もそうなんか、と思ったけど)私は皆におススメしたい。

愛しすぎる女たち (中公文庫)

愛しすぎる女たち (中公文庫)

 

 

この本はちゃんとワークブックとして使った。つらいときにずいぶん助けられて、私の回復の根本となった本。インナーチャイルドとか出てきて胡散臭さはあるけど、至れり尽くせりのワークで、その後の怒りの処理方法まで書いてあるのでおススメ

アダルト・チルドレン 癒しのワークブック―本当の自分を取りもどす16の方法

アダルト・チルドレン 癒しのワークブック―本当の自分を取りもどす16の方法

 

 

人間関係がどうもうまくいかない人とか、自分の意見をきちんと伝えられない人(意見を言えない人、逆に攻撃的になる人両方)におすすめ。私はこれを教科書にして勉強、練習を重ねて、自尊心ネイティブに近づこうと努力中。人間関係の方法の基礎が書いてあり、文例も割といっぱいあり、すぐに使える。最初の所が傾聴のことばっかりで萎えるかもしれないので、2章あたりから読むとよいかと思う。最後まで読めば傾聴の大切さがとてもよくわかる。

人と“うまくやる

人と“うまくやる"たった3つの心理テクニック ピープル・スキル (宝島SUGOI文庫)

 

 

 こっちは恋愛における人間関係の教科書にしている。ちょっと日本人には受け入れがたい所があるかもしれないけど、やっぱり良書。この本の通りにすると彼はいつも上機嫌だ。