次の場所にいくことと、積み上げること

私の仲間に、2〜3年おんなじところにいると、次の場所に生きたくなってすぐに次の場所に行く、という人がいる。彼女にしてみると、おんなじ仕事を7年続けている私のことを、すごいと思うらしい。チキンの私からしてみれば、どんどん気持ちの向いた方向に行動していく彼女のことをすごいと思う。
私と彼女はなんだか気が合って、年に一度位は会って話をする。楽しい。全然生き方は違うのに、理解してもらっているような気がするし、理解できる気がする。変な話だなあ、と思う。

私は今ちょっと停滞していて、過去の私が積み上げたものの上であぐらを書いているような状況で、これからどうしようか、と考えているところだ。今日は仕事始めで、またもうじうじ考えているところで、彼女の顔が浮かんだ。彼女は「積み上げること」を人生の目標にしてない。自分の息のできるだけしやすい場所を貪欲に探している。その道の上で、いろんな人に出会って、自分の「好き」をコレクトしていく。そういう彼女からしてみれば、私のような同じところで同じものをただただ積み上げていくような人生は不思議に見えるのかもしれない。あるいは、ほんの少し羨ましく感じるのかもしれない。私が彼女を見ていて思うのと同じように。

人生は一度きりだから、自分のしたいようにしたらいいと思う。そして、その選択の責任は自分で全部取る。何かが欲しかったら何かを捨てる。

何かを手に入れようとする時に、何かを捨てるのが私にはとても怖い。でも、新しい何かや、チャレンジを渇望する自分もいる。

積み上げることにチャレンジがないか?新しい何かが全くないか、といえば、それは違うと断言できる。入社してからそれなりに毎年違う壁にぶつかっては、粉々になって来た。いつか、壁がなくなる日が来たら、私も次に行くと思う。

おしまい