誘い誘われへの追加考察

ここ数日ページビューが見たことのない桁数でえらいこっちゃになってたけど、無事平常運転モードです。今のところバズる前の3倍くらいアクセスあるけど、元に戻るかな、もう少したてば。いやしかし、まじびびったわー。はるばる読みに来て頂いてありがとうございました!

いろんな方がいろいろ感想を呟いていて、どんな意見もとっても嬉しかった。ドキッとくるのもあったけど。共感の声をこんなにもらえるなんて、書いた時は全然思ってなくて、私が卑屈すぎるんだろうなあと思っていたから。おんなじような思いを持ったことのある人がいて、しかも同じようなステップを踏んだりしているなんて。いい記事!とか言われて有頂天だったー。もー、みんなもっと褒めて!

でもそれ以外の意見もすごくおもしろかったなあ。今日は、今回ので考えたことをつらつらと。

 

 (勝手に載せてしまいました。ご迷惑でしたらお知らせください)

こういうことでもなければ、ベクトルの違う別の世界があることも、ほんの少しも垣間見ることもなかった。私には私の世界が全てで、それをうじうじ考えたり、ここに書いたりするのは、趣味☆なんだなと再度自覚した。ほっといても考えちゃうし、書いちゃうし。でもそんな、ベクトルの違う記事をいろいろ読んでもらえたのも、嬉しかった。

あまり熱中する趣味のない私からしてみると、コスプレも絵をかくのもほんとすごいなあーと思っていて、そういう熱中する人になりたかったなあといまさら…。きっと暇だからこんないろいろ考えちゃうんだろうな。

誘い誘われの境界壁が高すぎやしないか

彼を見ていると、誘う誘われるを空気のようにやっているように見えるので、非常に面白い(彼は一番身近に観察できる他人)。前日とかに仲間から明日カラオケどうよーとかいうメールが来て、すぐ、いいよーと答えたにもかかわらず、朝起きたらやっぱ今日は行かないとか言ってあっさり断ったり。で、彼の仲間もそういうのをほとんど気にしてない感じなんだよね。人に何かを仕掛けたり仕掛けられたりするっていうのの境界がほんとに低い。それって、なんだろう、と考えてみた。

信頼感というキーワード

断られたら傷つく、ってのは思い込みの一種で、私の場合ずっと前は、相手が断った=相手は私のことを大切に思ってないという風に思ってたから、いちいち傷ついてた。自分という人間の感じ方がすべてだと思ってたので、まわりとの境界がとても薄かった。だから、すぐに傷つくし、知らない間にすぐ傷つけてた。ほんとは、誘うのは誘う側の勝手、誘われた方も行きたくて、予定が合えば行くし、それでおしまい。のはずなんだけどさ。

彼を見ていると、相手が断ったから、当日ドタキャンしたから、といって自分のことがだめだ、と取る思考は全然なさそうだ。それって、相手が自分に対して何か悪意を持った行動をしないだろう、という信念に基づいているように感じる。自分自身への肯定感も強い。だから、ちょっと断られたりしたくらいでは傷つかない。だからこそ、あっさり誘えるしあっさり断れる。他意がないから。

人のことを信じるっていうのはどういうことかっていうと、私の定義では「相手は相手自身の選択で、その人の心に基づいた行動をとっていて、自分を傷つけようとする気はない、相手のことは相手がなんとかすることだ」というようなことだ。もっと簡単によく聞く言葉でいうと、私は私、相手は相手ということ。それがない状態だと、一種の愛の告白であるところの「人を何かに誘う」というので、断られたりすると普通に傷つく。

最近の私の感じ方は、断られるとああ、残念。と思うくらいで、傷つかない。無視のほうが断然堪える。

キャパシティを最適化する

いろいろツイートを読んでいて、ほんとそうだよなあ、と思ったのは、これ。

私のたどってきたステージは、きっかけがただ「誘い誘われ」だったとして(まあ全然それだけじゃないんだけど)、自分のキャパシティを知って、それを一番いい方向にチューニングするような作業だったんじゃないかと思う。だから、そもそも自分の特性を知っていて、いい方向につかえている人はこういうことで思い悩まないのだろうし、何言ってんの、って感じなんだと思う。

 私の場合、刺激にめっぽう弱いし、初対面は苦手だし、自分の予定は絶対だし、今のやり方が一番楽。

人の断捨離

そっかー、自動的に断捨離していたのか、と思った。特にしようと思ってしたわけではないけど。特にプライベートでは、自分が一緒にいて気持ちいい人と一緒にいればいい、と思っているから、それこそあまり仲が深まってない頃に誘いメールを無視するような人とは連絡を絶つ。というか、そういう人はこっちがしなければしてこないので、連絡しなければいい。

そういう風にやっていると、とってもいい仲間だけが自分の周りに残る。だから、ツイートで散見された「連絡は遅いのに文句を言う」とか、「何もしないのに口だけ出す」みたいな人はいない。そもそも、そこまで人間関係のキャパが大きくないので、そういう人にかまってる暇ないし、必要もない。かといって、交友関係がすごく狭いわけでもないし、いろんな種類の仲間は人並みにいる。

 

フォロワーシップのない人はいずれ誘われることはなくなると思うし、そういう人との関係を断つと、なぜかいい人と巡り合ったりして、自分の周りがホクホクすると思う。

 

まとまりませんが今日はこれで

おしまい

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