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おしゃれについて考えた ~おしゃれと選択について


続・「オシャレな人」ってどんなヒト? - 街場のワーキングマザー日記

前に見て、いいなあ、と思った記事。このなかに

多様な選択肢がありそうでないのはなぜか

「消費者1人1人の『オシャレ』に目を向ける」ためには、多種多彩な選択肢が用意されている必要があると思います。

ところが、日本には数えきれないほどのアパレルブランドやお店があるけれど、選択肢は意外に少ないと感じることがよくあります。海外で買い物をすると、特にこれを実感します。

 というのがあって、それはそうだよなあ、と思った。日本にはなかなか多種多様な品ぞろえがない。色も全体に地味だし。突飛なものを着ると浮く感じもする。でも、はたして、多様であればおしゃれに目が向くのか?とも思った。これを考えていて、前に書いたエントリを思い出した。

 

日本料理をおいしく食べるためには選択してはいけない? - いんとろばーとの頭の中

これはおしゃれのことではなくて、食べ物のことなんだけど、選択の話を書いているので、似たものがあるな、と思った。シーナ教授の話の中で、ジャムの選択肢が多すぎる店では、ジャムの売り上げが伸びない。という研究が紹介される。

以下、私の頭の中の情報だけで書くので、そういうあいまい情報が嫌いな方は読まないでね。

欧米はそもそも生活している人たちの多様性が桁違い

海外になぜ多種多様な品ぞろえがあるのか。単純に考えると多種多様な人がいるから、なのではないか。肌の色目の色髪の色、それこそ多種多様で、多種多様な品ぞろえであればあるほど「儲かる」のだと思う。形、サイズ、色、柄、客にとって似合うものの幅が日本と桁違いだからじゃないか。

海外から日本に帰ってくると、日本人がほんとみんなおんなじように見えるのに驚いたことがある。全体的に背が低く、髪が黒く、顔だちもアジア系、目の色も一緒。もちろん染めている人、パーマをかけている人、カラコン入れているもいるけれど、海外に比べたら多様性とは呼べないレベルだと思う。だから似合うものがある程度限られてくるというのはあると思う。ありとあらゆる品ぞろえをしても、客が買うものが限られてくるから、突飛なものは作らない、「儲からない」から。

洋服、の文化が浅いから

冒頭のエントリの中から抜粋

実は、日本にもこのような色の多様性がないわけではありませんよね。和装をしないので詳しくないのですが、和服の場合は、赤、青、黄、緑、紫…と、それこそありとあらゆる色が取り揃えられて、季節や年代による縛りも多少はあるのでしょうけれど、どんな色・柄でも楽しめる。それなのに、洋服に関しては、なぜ色と型の多様性が根付いていないのでしょうか。

私は着付けを2年ほど習っていた期間があるので、ちょっとここにはお?となった。まず、和服は実際に来てみたらわかると思うけど、基本的に全部構造も形も一緒なんだよね。そして巻きつけて、最近の着方は特にだけど「まっすぐ」「しわなく」「体のラインが出ないように」着るのが美しいとされている。だから、そもそも形に対する多様性なんかなかった。形に多様性があるのは帯結びくらいかなあ。色柄についても、今は趣味の世界ではどうでもよくなってるとは思うけど、呉服屋さんとか行って若い子が渋い色の着物とか手に取ると、おばちゃんの店員に「それはやめとけ、若向きの着物の色はこれとこれ!」とか言われるわけ。今でそれなんだから、昔はほんと、縛りきつかったんじゃないかと思う。

そんで、TPOと季節に合わせて、どの着物を着るかもがっちり決まっているので、たぶん普通の家庭ではそう大量に着物を作れたようには思えないし、このときはこの着物、このときはこの着物という風に、選択肢はほとんどなかったんじゃないかと思う。裏地のあるなし、素材、織り方、仕立て、柄の許される季節(特に花)、その辺も割と細かくルールがある。たとえば、浴衣の柄に萩とか赤とんぼとか菊とかあるけど、あれは普通に考えると秋の柄だけど、ど真ん中の季節柄を着るのは野暮とされていてちょっと早めに着ることというルールがある。なので、それらの柄が夏に着る浴衣の柄にすると「粋」とされて成り立つのね。

つまり何が言いたいかっていうと、そうやってあまり選択肢のない中でずっと着るものを選んできた日本人は洋服という、形と色が無限に存在する選択肢からものを選ぶっていうのがまだ発展途上なんじゃないかってこと。何が自分に合う形なのか、何が自分に合う色なのか、その辺がまだどうしていいかわからない。似合うものを知らないから無難な方に走っちゃう。

ただ、平安の昔から、着物の色を重ねて遊ぶという文化はあったし、日本の色名は本当に美しいし、着物の色の合わせ方は洋服にはないものがある。着物には重ね襟というただ色をさすだけのパーツもあるし、帯揚げ帯締なんかでも印象はガラッと変わる。その辺のことを考えると、色についての感受性は昔からあったと思う。着物から洋服に映るときにそれが受け継がれなかったってこともないと思うんだよなあ、大正時代の洋服(着物も)なんてほんとポップでかっこいい色遣いだよなあ。

じゃあ、なんで地味な色みが好まれて、ぼんやりした形の服ばかりになるのか。私は人間の体に対する考え方の差なのかなと思っている。

体を見せる文化と隠す文化

着物っていうのはさっきも書いた通り布を体に何重にも巻きつけて、体のラインを「隠す」ことを主眼に置いた服。隠すためにいろんな補正をするし(タオルとか綿とか入れたりする)、一般的なお太鼓スタイルだと、ウエスト付近に巻く布の数は帯板あたりまで入れると8枚以上ある。ラインが出ることが「みっともなく」て「淫乱」だった時代があったと思う。日本人が自分の体に思う気持ちは「恥ずかしい」なのではないかな。

でも、欧米では「人の体とは美しい」っていうのが念頭にあるんじゃないかな。人の身体の彫刻が長く芸術作品として作られているし、実際にスウェーデン人の仲間に「ん?人間の体は美しいでしょ?どんな人でも」という言葉を聞いたことがある。だから、体は見せるもので、自分の体にフィットするものを着るのが美しいという考え方があるのではないかな、と思う。私の印象だけれども。そもそもなぜ服を着るのかの出発点が違うように私は思う。

 日本でも、もちろん、身体をきれいに見せるために服を着る人はいるし、欧米にも自分の体をコンプレックスに思う人はいるだろうなと思う。でも、その出発点が見せる文化なのか隠す文化なのかで、作られる洋服は全然変わってくるだろうなあと思う。実際に、日本で身体のラインに沿うワンピースを安価に探すのはかなり難しい。でも、アメリカではその辺のショッピングモールで、大量に売られている。大量のカラーバリエーションで。縫製の品質はさておきだけど…。

まあ、そういう根っこの部分の文化の違いが服作りにどのくらい効いてるのか全然知らないけど、私はそういうのあるだろなーと思っている。

自分を知ること と、選択すること

本当に自分に似合うものを探すのは、難しい。自分の肌、目、髪の色、身体のライン、それらから醸し出される客観的な雰囲気、自分が自分に思うイメージ、これからどうなりたいか、どう見せたいか。似合うもの、必要なもの、着たいもの、好きなもの。

日本は隣の人との違いがそんなに大きくないから「みんないっしょ」っていうのが成り立って、それがいいとされて教育されていく。学校には制服があって、能動的に服を選ぶことからは遠ざかる。その中で、自分をどう見せるかを考えるタイミングってかなり少ないんじゃないかと思う。服は無難、おしゃれではありたいけど、目立つのは勘弁っていうところで、流行のものを着る。流行はおしゃれだし、でも皆着てるから目立たない。

私は多種多様な服が用意されれば、皆がおしゃれになれる、とはどうも思えない。選択肢が増えれば増えるほど、着ることのハードルが上がるのではないかとさえ思う。なぜなら選択するということには多大なエネルギーがいるからだ。選択するときに周りとの調和が重視される日本社会にあって、自分のことを見つめ、自分に似合う服を考え、それを多種多様な選択肢から選ぶことがまだ、文化としてなじみ切っていないんじゃないかと思う。なぜユニクロが多色使いで成功しているかと言えば、形がベーシックだからなんじゃないかな。そして、選択したいと思える色数に絞っているから。あれに形の多様性が入ってきたら、選択のコストがかかりすぎる。まだその”選択”に日本人は慣れていないのではないかな、というのが私の感想。おしゃれが好きで、その選択のトレーニングを積んでいる人からすれば、日本の選択肢を少なく感じるんだろうけど、そうでない人からすれば今の日本も十分膨大な選択肢の海に見えると思う。

 でも、たぶん、日本もこれからもっと、多種多様なものが作られていくと思う。今の小学生はランドセルをすごい色数、さまざまな形から選ぶ。男の色、女の色、そういうものもきっと衰退していくだろうと思う。そうやって、自分が自分らしいものを自由に選択するというトレーニングを経た人がいっぱい育ってきたときに、多種多様なものから自分の好みを選び出したほんとうのおしゃれさんたちが街中を闊歩するようになるんじゃないかな。

 

まとまんないけど

おしまい

 

過去の着ることについて書いたエントリ

 

服と恋人と仕事を選ぶのは同じこと - いんとろばーとの頭の中

 

 

私の実践している服の選び方 - いんとろばーとの頭の中

 

私の読んだおしゃれ関係の本

 

働く女性のための色とスタイル教室 幸せを呼ぶ外見のつくり方

働く女性のための色とスタイル教室 幸せを呼ぶ外見のつくり方

 

 これは基本的な似合う色とカタチの考え方が載ってる。読みやすいし色もきれいなので、おススメ。

 

 百貨店バイヤーのサクセスストーリー。服のことも読んでて楽しい。

 

スタイル・ノート

スタイル・ノート

 

 同じく槇村さとる先生のおしゃれについてのエッセイ。おしゃれへの考え方はこの本に大きく影響を受けた。