生まれて来なければよかった?

子供を生み出すことを素晴らしいことだとは思えない - よもちかブログ

この辺を読みました。
大筋、私はよもちかさん(id:cka2)と意見を同じくしていて、生まれてきたことに対して、「別に頼んでねーよ」と思う方だ。でも、まあ、自分の意思とは関係なく、奨学金を借りてしまったら返さないといけないのと同じで、生まれてしまったら生きねばならず、仕方ないので、いろいろもがきつつ、なるべく建設的にわくわく生きていきたいなあ、と思っている。

この中で矛盾の話が出てきてて、ん?矛盾してるか?と思った。
私は「人は生まれてこないほうがいい」という考えを持っていますが、同時に「自分の意思と同じように、相手の意思も尊重したほうがいい」という考え方を持っています。なので私は、「人は生まれてこないほうがいい」と思いながらも、子供を望んで作り出す人にとやかく言う権限はないとも思っています。

私は人との境界線が非常に薄い時があって、私の考えはみんなの考え、みんなの考えは私の考え、と思っていた。それがいろんな問題の大元の一つなのだ、とわかってから、私の考えは私の考え、人の考えは人の考え、と一つ一つ分けることで、なんとか生きてきた。分けていくと、自分も守られるし、相手も守られる。楽になった。

私は、自分は別に生まれてこなくてもよかったわー、こんなに辛いなら、と思っている方だ。しかし、私の仲間が子供を産んだら、本当に無事に生まれてきて良かったわ〜と思う。母子ともに、健康、素晴らしい。と思う。仲間が欲しいと願って、無事に育って、何事もなく生まれてきた。おめでたい。そして、私もこんな両親の元に生まれてきたら、良かったのに、と思う。でも、そんな恵まれてるように思えるこどもも、いつか、生まれて来なければ良かった、と思う日が来るかもしれない。それは誰にもわからない。これの中に矛盾を感じようと思えば感じるのかもしれない。

もやもやしているのはその人のものなので、私が何か言うことはない。反論というわけでなく、私には矛盾に感じなかった。筆者"が"生まれて来ない方が良かった、と感じることは誰もそれを止められないし、尊重されてしかるべきだと思う。そして、誰かがそういった理由から子供を望まないことも当然尊重される。そんな風に思う人が尊重されるように、"産みたい""子供欲しい"と思う人たちのこともまた、尊重される。

だから、もし矛盾があるとすれば、「人は誰でも」生まれてこない方がいい。というおおもとの所が、「自分が生まれてこない方が良かった」ということである、という認識だと思う。人と自分は感じ方が違う。だからこれから生まれてくるこども達だって、全て自分と感じ方が違う。「人は生まれてこない方が良い」というのは、これから生まれてくる子供の感じ方考えを一つに限定してしまう。これが矛盾なのではと思った。

なぜ人はこどもを欲しがるのか、生まれてきて良かったと思う人と、そうでない人の差はどこで決まるのか。その辺は、科学とか宗教とか哲学とかその辺に答えらしきものはあるのかもしれない。でも、それは私のような生まれてこなくてもよかった派には全く響いてこない。高校生の頃、男親に言われた「わじらなんか生まれてこんどけばよかったったい」という言葉を思い出すたびに「そもそも別に頼んでねーし、意思なかったし。作ったのはそっちだろ」と思う。その時なぜ言えなかったのか悔やまれるが…。


さて、で、私はこどもを産んでみたいと思っている。それは完全に私のエゴである。もしかしたら、私のこどもも、生まれてこなくてもよかったなあ、思う人に育つかもしれない。それは今から申し訳ないなあ、と思うけど、思わない可能性もある。

私はできるだけ自分の身に起きるいろんなことを自分に都合のよく正当化したいと思う。そしてその正当化の一番大きな根っこのところが、「生まれてきちゃったもんは仕方ないし、いっちょ生きるか」というところである。この正当化からいくと、こどもを産んだ頃には「この赤さんは自分の意思で生まれてきた」「生まれる意思のないこどもはそもそもできないし、できたとしても生まれるまで育たないんだもん」とか言いそうで今から怖い。女性ホルモンとか母性とかいうものにめろめろになってしまうのかもしれないし…。ちょっと理性が飛んで動物的にならないとこどもなんて産めないのかもしれない。

こどもは完全に親のエゴで生まれてくる。でも、生まれ落ちた瞬間から、自分とは違う、意思を持った人間だということ、それを忘れずにいたいなあ、と思う。

どうもうまく言えないけど…

おしまい