口と頭と手と感情のアクセス

私はしゃべる言葉はどうも感情とつながっていない。しゃべりだすと、すぐに理性的な頭のほうにアクセスが集中してしまう。だから、気持ちを話して、と言われると、フリーズする。頭の中が真っ白になってしまう。心、感情も、頭というか、脳の中にあるのだけれど、そっちのほうはどちらかというと、手、にアクセスしていて、だからこそ、私は何かを書くのを止めることができない。口と感情がつながっていないのだ。

口が話すとき、私の中の基準は「正しいか」「正確な言葉を選んでいるか」であり、相手がどんな反応をするかの先読み後、その場その場で最もふさわしいであろう言葉を出す。それは長年の経験によって蓄積されてきたことで、その相手をなるべく傷つけず、感情を揺さぶらず、責めず、場にふさわしく、できるだけ「ただしいこと」その一点を見ている。

私は幼稚園くらいの頃、とてもとてもおしゃべりで、そのまま言いたいことを全部口に出しながら成長した結果、周りを泣かせたり、傷つけたり、ショックを与えたりする高校生に成長した。高校生になる前にも、どうも私の言葉はよくない、と思っていたのだが、何度かそのことでトラブルを起こした結果、私は黙るようになった。そして、その場に最もふさわしい、望まれていることのみを、微笑を浮かべながら話す人間になった。それから、私の心と口は接続を切った。(そうしたのにもかかわらず、トラブルは起き続けたけど)

今でも、私の口調は強いらしい。会社であれば、たくさんのルールの上で、何とかすることができる。正しいことがある程度決まっているからだ。でも、プライベートの人間関係には、正しいがないから、しばしば私の頭はフリーズし、そのたびに、しにたい、きえたい、と思う。最近頻度が落ちたと思ったけれど、やっぱりどこか私はおかしいらしい。

おしまい