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君の問題は君のもの

君の問題は君のものだ。私の問題は私のものだ。
彼の愚痴
彼が最近愚痴っぽい。会社が辛いらしい。聞くと、みんな助けてくれない、とか、俺のせいじゃない、とか、指導役が怒ってばかりで、全然聞きたいこと聞けないとか、そんなことをうじうじと話す。はーん、と思う。甘えーよ!と言いたい。けどさすがにそれではどうしようもないので、なんで?とかどんな気持ち?とか聞いてみたりする。
そしたら、こんなことを言い始めた。同期とグループチャットしてて、ある時、愚痴言うのやめろって言われたからそれ以来チャットに参加しなくなった。そしたら、会社でも一切しゃべらなくなった。僕は孤独だ。と。そして少し掘り下げると、彼らは僕の問題に対して全然気にしてくれない。僕は彼らのために、支援をしようとしてきたのに。と。
お、おう…。こういうのは、ほんと、国籍人種関係ないんだな☆ 私もいつか来た道だわ〜。

見返り目的の行動と引き換えに身につけるのは半端な支援の拒否
自分がどれだけ人に対して支援的であろうと努力しても、相手のことを完全にサポートすることは不可能だ。だから、相手にとっても、自分のことをどれだけ支えようとしていても、完全は無理だ。愚痴を聞くのはパワーがいるし、与えるアドバイスはただの説教や強制やおせっかいに成り下がる。だからこそ、カウンセラーや、コーチという専門職があり、専用のトレーニングがいるのだ。
すごく厳密に言うと、完全に理解してくれる人はいないし、完全に支援してくれる人はいない。逆に、完璧でなくてよいなら、理解しようとしてくれる人はいるし、支援してくれようとする人はいる。いるし、手を差し伸べてくれようともしてくれるが、その手を、完璧じゃない、全然支援的でないと払いのけているのはどこのどいつだ、お前だろという話だ。
自分の犠牲を引き換えに、いつでもどこでも完璧な支援をしてもらえる権利がもらえるというのは、ただの幻想だ。それは無理というものだ。それよりも、かゆいところが自分で分かったら、熊手でも孫の手でも電気ショックでも抗ヒスタミン薬でも買って、解決する方がよっぽど的を得るし、早いに決まってる。しかも適度で完璧だ。だって、問題は私のものだから。どう解くかは私が知ってる。覚悟を持つだけの話だ。

とまあ、自分が来た道、自分の失敗、分析することはそう難しくない。で、今の私の課題は、彼の愚痴を聞くと心がざわざわしまくるということだ。これは私の課題。彼の悩みは彼の問題。ゆっくり考えよう。