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私には人の愚痴を聞く器量がなかった

一日じっと考えた結果。結局、自分も”彼に嫌われたくなくて”、”彼が私から離れないようにするために”彼の愚痴を聞くっていう選択しただけだった、ということがわかった。彼に気持ちが引きずられているのを彼のせいにしていたのも私で、彼に思った”人のせいにすんじゃねえよ、甘えんなばーか”っていうのは、私が私に言っていることだった。ははは。

お互い様でございますね。

私は私が人の愚痴を聞く器量がないことを気づいていながらも、愚痴を聞くと決め、そして自分がそれにとらわれてしまったことを、相手のせいにしている。聞けないなら聞かなきゃ良いわけだ。つくづく、人間って不完全。私って全然完璧じゃないなー!と思う。

自分の中の人が私に言う”人のせいにすんじゃねえよ甘えんなばーか”っていうのは、”私をこれ以上責めるな”ということになるわけで。できないことやって、なんで私はできないんだ、って自責の念に駆られるのはもうやめてくれ、ってことで、つまり愚痴を聞きたくないなら、彼に向かってはっきりそう言うか、自分がぎりぎりできる方法で折り合いつけろってことなんだと、解釈した。たとえば愚痴タイムは月に一回10分のみ、報酬は1回飲みに連れて行く、とかな。そういう感じでなんか、中の人の言葉には正直にしたがっておこうかな、と思う。だって、そんな器量ないんだもん、今は。無理して、自分から具合悪くなってどうする。

で、よく考えたら、仕事のストレスで口がきけなくなりぐったり動かなくなったり、結婚パーティで疲れ切って、せっかく家に来てくれた彼をほっぽって寝たり、私もいろいろと情けない姿を見せまくっている。しかしそれでも、彼はそのたびかいがいしく世話を焼いてくれ、いまもまだそばにいる。私もずいぶんいろいろともらっている。そこはきちんと受け取ろう。

考えてみれば本当にお互い様だ。相手は自分を映す鏡って本当によくいったものだわー。器量は徐々に広がるものと思うし、ここは楽観的に。とはいえ、もう少しうじうじしそうだけれども。