自分とは意志と選択である。

書かないでいるとどんどん書かなくなるので、何かしら書こう。

相手の中にある、いいなあと思うところは自分の中にもある、逆を言えば、もっとこうだったらいいのになあ、ってところは自分自身の中でもまだまだだなあってことでもある。っていうのを最近意識するようになった。自分の中にあるから、目についちゃう。いいことも悪いことも。とすると目に見えるものは全部自分ってことになるじゃないか、いやーん。

哲学や宗教や自己啓発なんかは、世界の見方のテクニックみたいなもんで、君の眼に見えているものが君自身(の世界)と仮定したときに、どう楽に生きるかっていうのを考える、その理由づけってことなんじゃねえの、とか考えている。

で、どんな人間にあっても、自分が変われば対応できるとしたら、じゃあ相性ってなんなのって思う。いや、自分ってなんなの。

私は自分とは意志と選択だと思っている。意志に基づいて選択する。その選択が人生を作る。自分で自分の選択をすることを決め、責任を持つと決め、選択する。たまに忘れそうになって、しょげたりするけれど、そんなときに意志と選択という唯一私にできることがあることを思い出すと、少しずつ歩き出せるようになる。