夢をかなえることは別に幸せじゃない

夢をかなえるという話。努力していればいつか夢はかなう、とかよく聞く。この間、NHK土曜スタジオパークラサール石井が司会に「もし自分の子供が夢を追いかけたいと言ったらどうしますか?」と聞かれて「親は止めたくなるだろうけど、僕は絶対にそんなことは言いません。続けていれば必ず夢は叶いますから。夢がかなわなかったやつは途中でやめるからかなわないんです」と言っていた。私は違和感を感じたのだった。

再放送のあまちゃんでは、アキが上京して、現朝ドラのまれは修行の描写もほとんどないまま、あっさり1秒で2年半が経過し、スーシェフとなった。あまちゃんと並べてみると、なんだかぐっと来ないまれ。どちらも夢を追いかける話だ。

私はあさってから配置換えである。社内公募に応募して、採用となった。小さなころからあこがれていた海外の仕事。海外出張もある。これも夢をかなえたといえるのだろう。ありがたいことだと思う。中学の時の入学してすぐのバスハイクで「○○関係の仕事に就きたいです」と宣言し、その9年後、私は○○関係の仕事に就いた。そしてその3年後、○○関係の中でもより私の専門に近い部署が創設され、初期メンバーとして配属された。私の職業人生は、非常に恵まれていると自分でも思う。夢をかなえ続けてきたともいえると思う。

でも、その中で、仕事がめんどくさくなる日もあるし、会社が嫌いになる日もあるし、自分のできなさに落ち込む日もいっぱいあったし、ずる休みもした。夢をかなえたからと言って、別に幸せになるわけでもなかった。夢はかなえてしまえばただの日常になる。日常は日常だ。そこに何か素晴らしいことが待っているわけでもない。あまり幸せとは関係がないもののようだ。うまく言えないが。

どちらかというと、幸せは自分のやりたいことができているかどうか、につながっているように思う。夢をかなえた後も、自分のやりたいことが明確で、それを続けていければ、満足する。でもなぜか、私は夢をかなえた、という状態の後、ずっとやりたいことが明確になることがなかった。なんとなく、会社への忠誠心のみで仕事をしていたら、どんどん辛くなってきて、時間も無くなってきて、自分のやりたいことを考えもせず、なんだかつらいまま、日々を過ごしてきた。

で、新しいことを始める今、私はどんなことをやりたいのだろう。小さくてもそれを一つ一つ毎日やることが、幸せへの近道だと、今になってようやく思えるようになった。別にでっかい夢をかなえることそのものよりも、うんと大切なことだと、私は思う。達成した目標に幸せはなく、その道のりの中にだけ、幸せがあるように思う。この週末、頭をからっぽにして家事をしていたら、なんとなくそう思えるようになった。

将来は今と地続きで、幸せを感じられる今がない限り、どこかでいきなり幸せな将来が降って湧いてくるわけではない。糸井重里さんが言っていたハワイの旅の話、ああ、このことだったんだ、とふと腹に落ちた。

あの、ハワイに旅行に行くときにね、
飛行機に乗る瞬間から
ハワイ旅行がはじまるわけじゃないでしょう。
自分の家から一歩出た瞬間、
それはハワイに向けての旅だし、
もっというと、ハワイに行くんだなって思って
荷物を詰めたり、本を買ったりするのだって
ぜんぶハワイ旅行じゃないですか。

あー感情的とか、カッコつけとかでなく、ただ平素に、幸せ、というものについて書いてみたいと思った。けど、まだ、できない。

おしまい