ある種の心配、について①

新しい部署に移ってようやく1か月経とうとしている。基本からきっちり仕事を教えてくれる上司がいて、コツコツと仕事をしている。先輩たちからはフルサポートをもらえている。ありがたいことである。本当に人に恵まれているなあ、と思う。そこに一人、ちょっと面白いなあ、と思っている人がいる。Bさんである。Bさんは、かなり私のことを「心配」してくれている。これがイラつく感じで面白い。

Bさんは、営業で4~5年目の中堅で、私よりも年下、入社年も下である。ちなみに私は技術部門

 

私は先週の金曜日、ある案件に従事することが決まり、詳細は来週からゆっくり教えるからね、と言われていた。その時点では何が何やらさっぱりわかっていなかったのだが、そのBさんがやってきて、「現地行って何するか聞きました~?Rさん(一緒に仕事をする予定の人)とわじらさんが一緒なんて、史上最強に心配なコンビだわ~。ちゃんと細かいところはつめといたほうがいいですよ」と”心配”してくれた。私は、「そうですか、心配いただいてありがとうございます。いろいろ教えてもらうこともあると思いますので、よろしくお願いいたします。」と答えた。また別の日、上司が経理担当者に~~の仕事が入って出張があるので、いろいろレクチャーしてください、とお願いしていてくれたその後、Bさんが「わじらさんって、出張初めてですよね?やり方とかわかります?」と”心配”してくれたので、「初めてではないですが、もう忘れちゃったので教わります。」と答えた。

心配は、私のことを気にかけてくれているということなので、全く悪い気がするわけではないが、なんとなく引っかかるBさんの”心配”であった。仕事を直接教えてくれるわけでもなく、なぜ史上最強に心配なのか、Rさんのことを教えてくれるわけでもなく、私が知らないことや、できないことをただ知りたくてされているような、心配。

私はこの類の”心配”を知っている。そう、自分がしていたことがあった。新入社員に対して、「Excel、Word使える?」と聞いたり(使えないに決まってんじゃん)、「一人で出張、不安じゃない?」(なら不安がないようにサポートしてやれよ)と話したりしていた。これがこのタイプの”心配”である。この心配はできる人ができない人にするものである。そして、できる人ができない人に「与える」ものではなく、できる人が勝手に自分の中に抱える不安、もしくは優越感である。

時間が来たので、もう少し深めるのは次回。

 

おしまい