親とのコミュニケーション

前に帰省した時に、母と少し話をしていた。母は保育士をずっと続けていて、定年退職後もパートで保育士をしているのだが、一人過敏な子がいるらしい。ほかの子供が泣きだすと、その子をたたいてしまうのだそうだ。私はその話を聞いて、あーなんかわかる、過敏なんだね。といった。母はそうみたいなのよね~、嫌なんでしょうね、といった。

私は、自分自身いまだに子供の泣き声がすると何か居ても立っても居られない様なつらい気持ちになって動揺してしまうこと、感覚や聴覚過敏が小さいころからあって、刺激に弱く、集団生活が結構つらかったことを話した。たぶん母にこんなことを話したのは初めてだったと思う。

母は、ああ、そうねえ、あんたいろいろ大変だったもんねえ。昔、電線にたくさん雀が止まっているのを見てて、ちょんちょんって皆右にずれているのに、1匹だけ左にずれようとするのがいて、あーこれあんたみたいねえ、と思ったことがあるのよ。刺激に弱いなんてよくわかってなかったわ。と答えた。

母はどちらかというと、楽天的で社交的で外向的なタイプなので、私の感じ方にはしっくりこないらしかった。でも、母にそのことをきちんと言葉で伝えられたことが、私の気持ちを楽にした。そして、たぶん私と同じタイプであるところの父の気持ちが、今になってなんとなくわかるような気がしているのだ。幼いころに、あったいろいろな辛いことは、まあ、辛かったし、今でも許されることじゃないと思うけれど。

 

私は大学入学と同時に家を出たので、母や父とのコミュニケーションがそのころのまま止まっていて、言い合いになったり、むやみにイライラしたりというのが続いていた。なぜイライラするのかなんて考えたことがなかったが、私は特に母親に対しては「母は私のことを完全に理解している」と考えていて、境界が薄かった。だから、私の気に入らないことをすると、私はひとまず不機嫌になって母をコントロールしようとしていた。私と母のコミュニケーションはそうやって成り立っていたのだった。電話は1年に1,2回、帰省は1年に1回ほど。コミュニケーションがうまくなるはずがない。

私も大人になって、社会に出て身に着けたコミュニケーションのやり方を母親に応用するようになった。自分が疲れていて、母親が何かをしつこく聞き出そうとするようなとき、不機嫌になるのではなくて、「ちょっと今疲れているから後にしてくれる」といえば、母も必要以上のことを話しかけては来なかった。私は、なんだ母も立派な他人か、話せばいいだけか。と気が抜けた。もしかしたら、こんなコミュニケーションは家庭で習うものかもしれない。そんな基本を教える余裕はあのころの実家にはなかった。

 

そんな話を仲間にしたら、そうだよねえ、人間関係ってコミュニケーションしないと深まることはないもんねえ~と仲間が言った。本当にそうだと思った。私も大人になって、辛かった実家時代が徐々に過去のことになっていくことが、私にはとてもうれしいことであった。

おしまい

 

 

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