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不機嫌な顔をみると不安になる人の不安解消法

とまあ、えらく優等生なことを書いたけど、まあ、相手がなんかつまんなそうとか、テンション低いな!って時に、嫌な気持ちになるってことはままあるよ。

不安/不快になってるのはあなたでしょ?
ミラーニューロンに代表されるように、もともと人間には共感能力が備わってるし、変なことではない。最近、私はバングラデシュにいるから、毎日彼氏とスカイプで20〜30分くらい話すんだけど、今日はちょっとなんかテンション低めで、若干不安になったりしたもん。なに?どうしたの?スカイプ嫌?飽きちゃった?それとも遠距離に嫌気がさしたりとか?って久しぶりに思ったりした。言わないけど。
こういう時に、相手の顔色を見て「え?なに、なんか嫌なことでもあったの?」としつこく聞くとか、「なんかあるなら言ってみてよ、言ったら楽になるよ」とかその度言いそうになるのわかる。でも、ちょっと待った。不安になったり、悲しくなったり、なんか言いたくなったりしてるのは、まさに今、自分じゃん?そしてその自分の気持ちを、目の前にいる人の顔色を変えることで直そうとしてるわけだわ。で、相手から、何にもないよ、とか、ほっといて、一人にして、とかさらには無視されて、寂しくなってんのはのは私!じゃん。相手に気づいて欲しいのは自分じゃんね。

テメー ノ ケツハ テメー デ フケ
自分の感情は自分の責任でどうにかすることっていうのが、自分と周りに対しての一番の信頼だと最近思う。なぜなら、そう思えるようになると、他人の気分や感情にもOKできるようになるから。私の見る限り、ネイティヴ自己肯定感を持っている人は、人の感情に自分の感情が左右されにくい。よく言うところの、自他の境界があるという状態。それこそ、彼氏の人はそれががっちりしてて、私がどんな気持ちになってようが、それを言おうが、泣こうが怒ろうが割とけろっとして、しまいには極め付けのセリフであるところの「気持ちを教えてくれてありがとう、感情を出すのは悪いことじゃない。」を発射する。いつも打ちのめされる。まあ、ブスッとしたまま、バイバイするのはダメらしい。それを考えるに、自分の気持ちを全肯定できる人ってのは、相手のどんな気持ちもOKだと思っているし、いつかはご機嫌になる日が来ることを信頼しているらしい。感情なんか、自分で確認してしばらくすれば流れていくわけだから。そんな処理ははあなた自身でできるよね、と。

なにか禁止してる?強迫観念ある?時間をさかのぼろう。
相手がブスッとしてる(ように見える)時に、どうしてもなんか嫌だというのは、自分自身がマイナスの気持ちになることを禁止しているのかもしれない。相手の機嫌が悪いのは私のせいだと思ってしまったり、機嫌を直さねばと思ってしまったり、というのは少し自分の生育歴を振り返ってもいいかもしれない。私の場合、人が機嫌が悪いのは私のせいであり、いつ何時も機嫌を取らねばならない、というのがかなり根強くあった。毎日酒を飲んでは些細なことでキレて暴れ始めるモンスターが居間にずっといたため、彼のご機嫌取りに必死だった頃の名残である。それはそれでその時の自分の命を守る上で重要だったのだから、それにはありがとうを言って、そろそろ手放していい時期である。私の場合、非常に悪いことに、いつ何時も自分の機嫌が悪くなるのは周りのせいであり、周りは私に気を遣わければならないというのもあったので、かなりこんがらがっていた。しかし両方とも根っこは同じである。
今でも、よく人の気持ちにひきずられることがある。そんな時は今一度、人の気持ちは人のもの、自分の気持ちは自分のもの。人の不機嫌は人のもの、私の不機嫌は私のものと思い直す。相手は相手でなんとかできる、私も私でなんとかする。手を貸して欲しい時は、いつでも言ってね、できることならがんばるよと思うことにしている。

でもやっぱり腹がたつのよ。→うまく伝えるトレーニングが自尊心を育てる
で、その上でも、相手が悲しい顔んをすると悲しいし、なにかあったようなら不安になるし、それ原因があるならそれを私に話してもらえないのが寂しいし、ないがしろにされている、大切にされてないように思うってのは残る。それはそれでいいと思う。そう思っちゃうもんなー、仕方ないもんなー、である。それにはストレートに伝えるのが私には効果的だった。「君がこんな風にすると私はこう(寂しい、悲しい、大切にされてない、)感じる。(なので、⚪︎⚪︎してもらえるとありがたい)」わざわざ寂しい気持ちやないがしろにしたくて、何かやっているつもりは相手にもないだろうから、それを聞いた相手は何かしら感じるものがあるのではないか。そこから話し合いになるわけだ。「私は疲れているとこういう風になる」とか、「真顔がこの顔だ」とか「笑顔を作るのは非常にパワーを使う」とか、そういう相手のことをまた知るわけである。そしてそれを並べて、どうするか対策を打ち立てる。疲れてる時は、落ち着く場所かつ相手からは見えない場所にこもるだとか、テレビを一定時間見ることを許してもらうだとか、真顔を整形するだとか、お面をかぶるだとか、合言葉を決めるだとか、もう、いろいろあるだろ二人で考えろ!

腹立つ!の先にあるものをよく見る
ここで大切なのは、腹立つ!のもう一つ先を探ること。その下にはちょっと恥ずかしい、幼い気持ちが隠れている(二次感情)。それを相手に伝えるのはめっちゃ恥ずかしい。それはだいたい、悲しいとか寂しいとか、私をもっと大切にしろ!私って惨め…とか、そういうところに辿り着いてしまうからだ。それを伝えるってのは自分が幼いって言ってるようなもんだし、馬鹿にされるかもしれないし。私はそういう子どもの自分が言うことはすごく大切なことだと思っている。確かに言うのは恥ずかしい。でもよ?そもそも、相手だって、自分が人に与える影響を考えられてない時点で幼いじゃん?お互い様よ。それで、勇気を出して相手に伝えたことをバカにするような人とは縁を切っていい。それが自分を大切にするってこと。その幼い自分が発している気持ちにOKを出してあげることが、私自身を肯定していく。そして、小さな自分が肯定されて満足していくにつれ、ドカンと感情が湧くことが減っていく。そして、面白いくらい周りが変わり始める。世界が優しくなっていく。そのトレーニングは重要である。何度も清水の舞台から飛び降りるような気持ちで繰り返していくと、徐々に視界が晴れてくる。

などと、偉そうに書きながら、未だにムキーーとなることはいっぱいある。でも、そんな自分すら責めない。あらまー、またなの?と。自分を責めて勝手に惨めになって、さらに周りを責めさえしなければ、何度でも、次の日を新たにチャレンジできる。

おしまい