読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「なんで?」があっても行動できる

 

なんで?と自分にわからないことがあって、それが解けるまで足踏みしてしまうタイプがいる。何を隠そう、私のことだが、この記事の中の人もずいぶんおんなじ様なタイプだった。

なんで?と思っても、とりあえず、そこはまあいっか~と考え、どうやれば何が起こるかのほうに興味を持つ人間はどんどん先に行く。理由はやってるうちにわかってくるらしい。で、そういう人がどんどん得意になっていくものだから、講師の人っていうのもだいたいそういうタイプで、同じことを言って、結局そのなんでには答えてくれない。何が起こるかのほうに興味のある人とは、要領の良い人であり、どうでもいい「なんで?」に気を取られない。

大学に入って、1年の頃の数学の先生がまさにこういう人で、口癖は「やっていればわかるようになります」で、教室に入ってきていきなり、黒板に数式を書き始め、何か暗号のようなことをしゃべりながらたまに「やっていればわかる」というのだった。やってみたけど全然わからなかった。その先生のテストは授業で書いている数式が丸ごと出る、という話だったので、丸暗記で臨み、実際に同じ問題が出たので何とかクリアした気がする。

私は自分の行動や体調や気分やその他もろもろにいちいち、「なんで?」と考えてしまうたちで、理由がわからないともやもやする。がしかし、体調が悪い時は休めば良く、行動は結果の良いと思われる方を試してみればよく、もやもやする気分も「もやもやするな~」と思っていれば、たいてい消えていく。あまりそこに「なぜ?」は必要ないのである。必要ない、は言い過ぎかもしれないが、「なんで?」を持ちつつも行動することはでき、行動するとその「なんで?」が後でどうでもよくなることも、ままある。

「なんで?」ばかりを追っかけていると、その根本になる行動をどんどんやらないほうがよい、と判断することになり、動けなくなっていくような気がする。

なんだか抽象的だが、タイムアウト

おしまい