手紙

先日、仲間から簡単な手紙をもらった。そこには、「最近わじらがとっても輝いて見える。海外に行ってるのいいなあ〜。会って話がしたい。ちょっと迷っててさ」と書いてあり、めちゃくちゃもやった。その仲間は、たまにグループで会うくらいで、特に2人で会ったり深い付き合いがあるわけでもない。

私は今、あまり調子の波が上がっていないので、あまり人に会いたいという欲がない。なので、こんな風に会いたい、話を聞きたいといわれて、それはとても光栄なことだなとは思うし、実際うれしいのだけれど、気は進まないわけである。誘う誘われるの議論でうじうじしていた私にしてみれば、ずいぶん変わったなと思う。

で、手紙という形態で「時間があるときに連絡してくれ」と書いてあったので、連絡しないでおこうかなと考えた。こちらから「いついつなら空いてます、会いましょうか」とメールなり電話なりするっていうのも、面倒だ。彼女やり方はやや保険を掛けたやり方だなあ、と思う。だって、本当に会いたいなら、もっと直接的な方法でコンタクトを試みるはずだ、と私は感じてしまう。でも、私はとても優しい人間なので、こんな風に、きっと彼女にしてみれば「ちょっとした勇気」を出したであろう行動を無碍にすることもできない。私は手紙の返信をちょっと長めに書いて出した。特に、会う会わないの話はせずに。

私は手紙に、ピカピカしているのは、ピカピカしているところだけを外に出しているからで、ごく普通に迷いもするし悩みもあるし、壁もある。でも、まあ、わりかし元気に暮らしているよ。というようなことを書いた。私は会って話をするよりも、手紙のほうが伝えられる情報量が多いこともある。

何かその手紙が、彼女の助けになるかは知らないけれど、結局自分のことは自分で助けるしかないのだし、本気で会いたいなら、微妙な保険なんかかけずに、捨て身で連絡して来いよ、と思って、もやもやした自分を納得させた。

 

おしまい