読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

スプラトゥーンと体育の話

もともとゲームできない子である私だが、スプラトゥーンは面白い。何がいいって、何度でも何度でも甦れるところがいい。自分の功績がなんとなくよくわからないところがいい(多分わかるんだろうけど、今のところよくわからない)。インクを打つ感じ、潜る感じ、スピード感どれもなんだかすっきりする。あと、血が出ないのもいい。あとはレギュラーマッチは喋らなくていいのがいい。

私がレギュラーマッチ参加に怖気付いていたのは、私がミスったらボコられると思っていたからだ。なんだあいつめっちゃ下手!うちのチームは奴のせいで負けた!と思われるのが嫌だったのである。体育の授業で、チーム競技のメンバーから白い目で見られるのを勝手に思い出し、泣きそうになった。

体育は苦手だった。水泳、器械体操は得意だったけど、球技全般、陸上競技は全然ダメだった。もともと走ったり飛んだりはとろい方で、特に相手がいてそれに反応して自分が瞬発的に動くことが苦手だった。大体そういうものの練習は2人一組を作ってやる。パスの練習とか、レシーブの練習とか。大概私が大暴投したり、拾えなかったりして、全然続かない上に、相手がボールを遠くまで取りに行ったりしなくてはならず、その度死にたい…と思った。私がこんなんだから、相手の楽しいはずの体育の時間をイライラさせてしまって本当に申し訳ないと思いながら、いつも私自身イライラしてずっと泣きそうだった。
試合になると、私がなにかしようとするほど、チームを邪魔しているようだったから、一度コートの隅でぼんやり立ち尽くしていたら、体育の先生に呼び出されて、怒られた。先生に泣きながら訴えると、先生はそれでも動きなさいと言うのだった。あんなの拷問だ。体育なんて無くなればいいのにと思った。

彼氏の人はゲームが好きで、暇があればチームで戦う戦闘ゲーム?をやっている。たまに同じチームの人に結構な剣幕で怒ったり、負けて悔しがっているのだが、それはほとんど瞬間的に収まり、全く尾を引かない。さっきまで怒ってたのになんでそんなにさっと普通になれるの?と聞いたら、だってゲームだもん。ゲームはリアルなことじゃないから、その時は怒るし悔しいけど、現実の世界には全く影響ないでしょ。とカラッと答えるのだった。
多分、彼は自分の感情を判断しないのだ。怒ったり悔しがったりすることにいいとも悪いとも思ってない。で、ぱっと出して、ぱっと戻る。自分が完璧には到底なれないことを知っていて、受け入れている。私はいつも怒りとか悔しさの感情に恐れおののき、それが外に出るのを怖がっている。隠せば隠すほど、そういう気持ちは体の中で育って、最後には大きくなって自分が一番嫌な形で外に出るのだ。

さてスプラトゥーンの話だけれど、今書いていて、ゲームの良さをもう一つ思い出した。負けるとゲームの中のキャラがものすごく悔しがってくれるのだ。そんなに?というくらい。それもなかなか気持ちいい。

おしまい