トラウマを乗り越えるための6つのステップ ステップ2

私の考えるトラウマを乗り越える6つのステップは以下。ちなみに私は心理学なんかの専門家ではないので、いちトラウマ持ちが楽になるために実践してきた体験談として読んでほしい。私が参照してきた文献、HP等も後ほど掲載する。

  1. 自分にトラウマがあると認識する
  2. 安心安全を確保する
  3. トラウマの影響を認識する
  4. 感情をすべて受け入れ肯定する
  5. 自分の足かせになっている価値観を手放す
  6. 新しい価値観を許可し、その価値観に従って行動する

1.では自分が辛くなっている原因に心当たりがあればそれをまず認識してやる、という話をした。その次にすべきステップは、まずは安心安全の確保である。

 

2.安心安全を確保する

 安心安全、これは本当は家庭に置いて与えられるはずのものである。雨風しのげる家と食料があっても、家の中でいつ暴れだすかわからないモンスターを買っているような状態だったので、私には平穏はなかった。その環境で育つと「変なんだろうな」位の認識は持つものの、順応してしまっているので、自分が極度の緊張を抱えて生きていることが分からなくなってしまう。だから、変だな、と感じたらすぐに、その対象から離れて、安心安全が確保できるように努力をした方がよい。

実家~大学

私の場合はとにかく家から出たくて、必死に勉強して、合理的な理由をつけて実家から遠く離れた大学へ進学した。母は共依存ではあったが、私がずっと辛い思いをしていたことを知っていたので反対はせず、全力で応援してくれた。そこは恵まれていたな、と思う。それでずいぶん安心安全は確保できた。でも、大学に入ってからも、心身の症状はずっと出続けていた。体力があったので見ないふりができたが、親の影響下から全く離れることはできていなかった。

社会人1年目~5年目

社会人になってから最初は3年ほど会社から指定された寮に住んでいて、そこがあまり好きではなかったので、引っ越したのだが、その次に選んだ家がまたひどいところだった。

間取りや広さは良かったのだが、とにかく古くすべての音が筒抜けだった。下の住人が今どの場所にいるかがわかるくらいだったので、今考えるとよく住んでいたな、と思う。下の階の住人がまた強烈な人で、毎夜毎夜アルコールを飲んでは暴れるのだ。大声で叫びだす。それを止めようと奥さんも叫ぶ。しかも、朝方4時とかに…。いちどあまりにうるさくて、床をドンと一度蹴ったら、それがおっさんの怒りにふれたらしく、その後は柱を揺らす(下の階の人が柱を揺らすと、家が揺れる。笑)などの奇行に出始めた。私はいつも下の階のおっさんのゴキゲンを気にして生活するようになった。

もともと、誰かのゴキゲンを気にしながら生活をして来ていたわけだから、そんな生活も普通のこととして受け止めて、でも間取り好きだし、安いし、と思って生活していたある日、事件が起きた。家に帰ったら、知らない外国人が私の家のポストをじっとのぞきこんでいたのだ。これはやばい、と思って、走って逃げたら、車で追いかけられた。あまりにも怖かったので、その後1週間ほど近くに住んでいる仲間の家にお世話になったほどだ。後から聞くと、その人は中古車のバイヤーで、たまたまタイミングの問題だったらしいが、その事実はどうでもよかった。それよりも、誰か悪意の人が入ろうと思えば一発で入れる場所にたった一人で住んでいることが、とにかく怖くなったのだった。次の更新を前に、私はその家を出ることを決めた。

社会人5年目~現在

私はやっと自分の考える最も良い条件かつ、自分の出せる金額の範囲の最大限に高い家に住もうと決めた。隣や下の階の音を気にしなくていい、脱衣所があり、洗面台があり、トイレが別の、オートロックの家である。今はその部屋で誰に気兼ねすることなく、のうのうと暮らしている。ああ、安心安全ってこういうことだったんだなあ…とはじめて思った。私の場合は特に音と気配に対して過敏だったので、他人からの干渉を受けない環境を手に入れるのが一番必要なことだった。本当に引っ越して良かったと思う。

自分にはそこがふさわしい?

そもそも家庭に安心安全がない中で育つと、安心安全なにそれたべものおいしいの?といまいち理解できない。それで、わざわざ、自分から選んで、安心安全が確保できない場所に身を置いてしまう。安心安全がない場所に順応する術は十分身につけているので、まあ不便はあるけれどもいいか。と思って生活できてしまうのだ。実は、その小さな「不便」が、並みの人には「不快」なのである。不便は少しずつ自分の体力気力を奪うため、元気が出ない、前向きになれない、という状態が続きやすくなってしまう。

 

まとめ

私の場合は割とすんなり実家からは出ることができたのだが、その状態を脱したにもかかわらず自分から、特に住居の面で不快な状態を受け入れ続けていた。仕事と周囲の人間関係はありがたいことに割と恵まれていたので、ここはお話しできない。しかし、住居ではなく仕事や周囲の人間関係と言ったところで不快な状況を受け入れ続けている例というのは良くありそうな気がする。

まずは、もっとも自分が影響を受けている人物から離れる(多くの場合実家を出ること)こと。そして自分の環境を最大限に整えること。住居も仕事も人間関係も自分で選べるのである。不便もしくは不快な状況からは全力で逃げてよいと自分に許可して、素敵で快適な環境を作ることは自分にしかできない。安心安全な環境を整えるのには十分な時間が必要である。資金もいる。でも、何をおいてもやる価値はある。安心安全という確かな土台が整備されて初めて、この後に続く、回復の日々を有意義に過ごすことができるようになると思う。

 

参考文献

 

 実家および家族からどのように脱出したかをつづったコミック。これはネット上でも読めるので、実家住まいで辛い人は一読をオススメ。

「ゆがみちゃん」第一話 毒田家の日常|原わた|note

 

www.nhk.or.jp

アルコール依存症相談機関リスト

危機が迫っているときは迷わず一般の相談窓口に連絡すること。命が最も大切。ほかのことは後からどうとでもなる。私は小さいころ何度か警察のお世話になった。

 

併せて読みたい過去記事

 

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 あるツイッターでの問いかけに答えた記事。環境の確保がエネルギー確保の第一条件。

 

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 このブログの記念すべき第2回目の記事。このころはまだ、影響下から完全には抜け出せていなかった様子がよくわかる。

 

おしまい

 

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