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配慮について

先日のツイートより、配慮について。

 このツイート群はフォロワーさんがつぶやいていた「私はこういう特性なので、こういう気を遣ってほしい」ということだったのだが、それに対して、わかるわかるとは思ったものの、もやもやするところもあって、なんでかな、と考えた結果である。

私、「配慮が足りない」って言われるのが怖いのだ。結構これ怖い人いると思うんだ。気が利かないとか、配慮が足りないとか。だからこそ、配慮が足りない、配慮してほしいとか言われてしまうと、攻撃的になってしまう人っていうのがいるんだと思う。配慮って、何をどうしていいのかわかんないんだもん。なら配慮をお願い、じゃなくて、具体的に指示してくれよ、と思ってしまうのね。

配慮して、っていうときに、実は配慮して、って言ってる側が、どうしてほしいのか具体的に答えられないって結構あるんじゃないだろうか。そこを面倒がっていると、いつまでたっても欲しい配慮はもらえないと思う。

そして、その配慮を求める相手というのもとても大切だと思う。まずは自分(忘れがちだけど)、そしてパートナーや家族、次に職場や学校。人にばっかり要求している人って、自分が自分に配慮できてない人って多いと思うんだ。体の調子が悪いのに「会社に配慮」して、休めないとか。自分が自分の様子を気にしてあげられないとか。自分が自分以外のほかの何かに対して「配慮」してるから、周りは自分にもそうすべき、と思ってしまうんだと思う。結局、一番勇気がいるのは自分が自分に対して「最大限の配慮」をすることなんだと思う。しんどい時は休むとか、苦手なものを苦手って伝えるとか、結構勇気いることでしょ。

その勇気を出すと、自分が少しずつ変わっていく、自分が変わっていくと、相手の反応も変わっていく。自分は変わる気ないけど、お前変われ、ってのは無理だ。

 

おしまい。