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私の高低差

ミャンマーの首都はネピドーという街で、最近遷都された為、何もかもがものすごくピカピカに新しい。占い師が遷都せよと言ってここを選んだとかいう話もある。何にもないところに突如現れた広大な都市…。片側8車線みたいな滑走路のような道路が街のいたるところにある(多分有事の際には軍用機が離着陸することも考えられているのだろう)。何にも娯楽がなくて、つまらない街だ。ごはん屋もあまりない。でもホテルは余ってて、高級ホテルみたいなところに安く泊まれる。今はガラーンとしている首都だけど、ミャンマーは天然資源の豊富な国だし、国土も広いし高低差もあるし、上手く生かせば日本を追い抜く大国になるのでは、と思う。

 

アジアのいろんな国に長期出張するようになってから、その国の持つ特徴というのは住んでいてもわかりにくいな、と思うこともある。例えば高低差。日本に住んでいて、全く意識したこともなかったのだけど、高低差というのは一つの国の強みだ。バングラデシュに行った時に、国土の高低差がなんと40メートル以下だと聞いてびっくりした。洪水が起きたらいろんなところが水浸しだし、大規模な水力発電所を作れないから、どれだけ水があっても大きなエネルギーに変えられない。あと高低差があると、国の中に気温差のあるところが生まれることになる。気候にバリエーションが生まれると、いろんな作物が育つし、多様な生態系も生まれる。例えば年中高温多湿な環境で育って高値で取引される有用植物があった場合、日本でその気候を保って育てるのはかなりのコストを要する。でも、そういう気候のところなら放っておいても大きくなる。国の中にさまざまな気候を持っているのはそれだけで強みだ。日本は南北に長くて高低差もあって、森林資源も豊富で、国土もそこそこいいサイズで、海があって、いいところいっぱいな国だ。災害が多くて、寒くて暑くて、差別もまだあって、貧困もある。ないものもあるものも、ある。ただ住んでるだけではそんな基本的なことすら意識したことなかった。

 

そんなことを考えてながら、私は、人間もおんなじなんやろなあ、わりと普通のことを思った。自分には自分にしかない「高低差」とか、「資源」とかがあって、その組み合わせは無限で誰1人としておんなじ人はいない。だから、私はこうやってブログを書いて、自分にしか書けない文章を残してみたりする。下手に書いてる内容は普通のことだけど、やっぱり誰とも同じものは書けない。もしかしたら、私と似たような人に届くかもしれない、と思いながら。

 

おしまい