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寂しさの表明は愛情表現と思ってたけど

最近、オット氏が、

「リビングに机を一つ買って、必要な時だけパソコンをこっちに移動してゲームしようかな、どう思う?」

と、ここしばらく言いつづけていて、私は実現せんだろうなあと話半分に

「うーん、あの重くてバカでかいパソコンを必要な時だけ移動して元に戻すなんて、とっても面倒くさそうだから続くようには思えないけれども、好きにしたらいいと思うよ。ただ、私はこれ以上ものを増やしたくないし、君ゲーム中夢中ででかい声出すしなあ。うるさいのは嫌だなあ」

と都度コメントしていたが、とうとうニトリに買いに行くと言うので、私はもう一度同じコメントを繰り返した。オット氏は微妙な顔をして、

「動かすのは僕だし、僕がリビングでゲームができれば、君が寂しい思いをしなくて済むでしょう。だから買った方がいいと思うんだけど、僕は。」

どうやらオット氏は彼がゲームに熱中している間、寂しがっていると思っているらしいのだった。

「うーん、確かに君がリビングからいなくなっちゃう時はやや寂しい気持ちになるけれども、君がゲームやってるときは私は私のことをしているし、顔を見たくなったら見に行っているし、今の状態でそこまで不満はないな。それに、同じ空間にいても、君が他の人と楽しそうに話したりしてるのを毎日聞きつづける方が、結構苦痛になると思うんだよね。私はそういう風に人と話すことほとんどないから」

と私はもう少し突っ込んだ返答をした。すると、夫は

「君がいつも僕がゲームをしているとき悲しそうな顔して部屋にくるし、それ僕の部屋にいこうとすると引き止めるし、それがとても罪悪感でさ。だから、こっちに来たら、もっと君が寂しくなくなるのかと思ってた。そうか、僕の考え過ぎだったのか。」

としみじみした顔で納得していた。私はそのやりとりをしていたら、やたら泣けてきて、涙がしたしたーーと落ちた。オット氏が私の寂しさについてそんなに考えていたとは思わなかった。私はいつもオット氏への愛情のつもりで、半分本気半分ギャグのじゃれあいの意味で寂しいふりをしていたのだが、それがオット氏のやさしい部分をすごく刺激して、心を痛めていたなんて、知らなかった…!と思ったら、ありがたいのと申し訳ないので胸がいっぱいになった。

私にとって寂しさというのは敵ではなくて、長いこと一緒に過ごしてきた兄弟みたいなものだから、いつもそこにいて、静かに私の隣で本を読んでいる。たまにチャンネルの取り合いになることもあるけど、だいたい仲良くやっている。でも、オット氏は私に寂しい思いをさせるなんて悪い夫!と思っている節がある。

オット氏はいつもアメリカ人らしく、挨拶がわりに I love you~~と言い、私の顔を見るとにこーっと笑って手を振りハローと言い、お願いしてある家事ももりもりやるし、絵に描いたようなわかりやすい愛情表現をする。私も彼に習ってなるべくオープンにわかりやすい愛情表現をするように気をつけていたつもりだったけど、まだまだだった様だ。寂しさの表明はあなたが必要だよー、君に注目しているよーという意味の愛情表現の一環だったけど、彼にとっては不安になる様なので、それはちょっと考え方を変えて、改めて、私は私でご機嫌でいる様に努力しよう!と思った。

 

おしまい