わかってくれないあいつへ

 

この、しいたけさんのツイートがとても心に残ったので、メモがてら。「分かって欲しかった」「分かってほしい」「私を蔑ろにしないで欲しい」っていう感情が”黒い”としいたけさんは書いているけれども、私はどちらかというと幼くて恥ずかしい感情なんだと思う。良く言えば赤ちゃんのようにピュアな感情なのではないかな。赤ちゃんも泣くか寝るかしかやれることがない時は、何を訴えるにしても泣くしかない。泣けば、大人がこれか?あれか?と言いながら自分の欲求を満たそうとしてくれる。でも大人になるとそうはいかない。どこかの時点で、そうもいかないんだな、と学ぶんだけど、「わかってよ!」という感情は残る。その感情をためたままにしていると腐って黒くなってくるんだと思う。


あの時わかってくれなかったあいつ、いつもわかろうとしてくれないあいつ。あいつムカつく。私はこんなに〇〇なのに、本当はこんなに〇〇なのに、わかってくれないあいつ。私をいつもないがしろにするあいつ。裏を返せば、私はそのあいつのことが気になってたまらなくて、愛してほしくてたまらないのだ。


愛の形は一つじゃない。「私のことをわかる」と言うかたちの愛はとても美味しそうだけれど、それだけを求めていると、他の愛が目に入らなくなる。ずっと私のことをわかってくれる、という愛だけを求めて求めて、でも手に入らなくてしんどかった。でも、いつか諦めた。そして、私ぐらいは私のことをわかってやろう、と思った。誰にわかってもらえなくても、私だけは私から興味を持ち続けてやろう、と思った。
そう思えてからも、ちょっと疲れてくると、すぐに「分かってくれないあいつ」を見つけては「あいつはわかってくれない」「私が〇〇だからわかってもらえないんだ、死にたい」とイライラしたりしようとするけれど、お、私ったら、また疲れてるのね、と認識して、意識して今に戻ってくる。時間がかかるときもあるけれど、だいたいはスムーズに戻ってこれるようになった。


わかってくれないあいつを探している時はいいのだ、あいつのせいにしていれば、私が私をわかっていないことに向き合わなくて済む。怒っていれば、悲しんでいれば、暇つぶしになる。でも、自分で自分のそういう感情と向き合って、原因になるものも突き止めて、一つ一つ言動を変えて、感じ方を変えて、自分のいいようにカスタマイズしていく作業は面倒だし、辛いし、すごく勇気がいる。


あいつはわかってくれない、じゃあ、私はわたしのことをわかってくれている?黒い感情に踏み潰されそうな時は、深呼吸して、その問を変えてみる。
 
おしまい