労働の話をするつもりだった

出張に来て、少し気分が改善した。身体はしんどいのは変わらないけど、少し気が軽くなった。ちょっと美味しいものを食べたり、目の前の仕事をしていたら、少しは気が紛れた。まぁでも、やっぱり毎月あんなにしんどいのはもう嫌だし、会社の産業医に診てもらうことにした。タダみたいだし、何か良い手はないか相談してくる。

仲間に子供が生まれた。生まれたばっかりなのにすごく可愛かった。心の底から嬉しかった。

 

最近は労働について考えている。例えば、長時間労働なんて日本にとって何にも良いことがないのに、なぜ日本はそこにしがみついてるのかな、と。この話をするとアメリカでも管理職や経営者は24時間働いている、とか、仕事が好きな人はどうするんだとか、言われたりするんだけど、仕事が好きな人はそりゃどんどん働いてください、被雇用者と雇用者の話を一緒にせんでくださいとしか言いようがないんで、ここでは論じない。

この間のしんどい最中に、夫氏に話してわかったのは「選べない」ことが辛いということ。正直、これ以上給料が上がらないならそれはそれで良い。昇格とか出世に欲はないし、上を目指す、と思っただけで胸が苦しくなる。でも、事実上私の会社では残業をする人が偉くて、しない人は価値がないとみなされる。なんでも残業が前提で話は進むし、ノー残業デーとか作ってみるものの、問題に根本的に経営層が取り組んでいるかというと、大したマネジメントはなされていない。誰もがみんな均一に働くことが前提、社員は選ぶ余地がない。

もう1つの選べない問題。いつどのくらい残業が発生するのかが、今の部署ではよくわからないのがしんどい。どのくらいの仕事の精度をいつまでにというのがよくわからない。自分で調整ができないものだから、とにかくストレスが大きい。自分の担当がどのくらいの大きさなのか、目的はなんなのか、それをすることで私になんの得があるのか、相手が何を期待しているのかが掴みにくい。これは部署のマネジメントの問題だな。

 

残業のこととか、組織でやっていくことを考えていると、夢が持てないな、と思う。頑張って頑張って、何が手に入るのか、あくせく働いている上司を見ていても全く羨ましくないし、すごい資格があって能力があっても、給料なんかたかが知れてるし。なんかそんなに頑張る意味ってなんだろう、と思ってしまう。つまりは、仕事に対する情熱があまり自分の中に残っていないのだ。私がやっている仕事の特性上、情熱はとても重要なんだけど、今の私にはあまりないな、と思う。

これには私自身の葛藤もあって。私がまだ自分をこの部署でどう生かしていけばいいのかよくわからないし、もし何か期待されているとして、それを自分ができるかどうか自信がない。一番自信がないのは英語。一番臆病になる。そうやって、人の後ろに隠れるようにして怖がっていると、仕事はただの作業になって、情熱はどんどん消えていく。疎外感と孤立感、不安がどんどん膨らんで、逃げ出したい気持ちばっかり膨らんでいる。

自分で選んで飛び込んだのに、あの時の私に申し訳なさすぎて、それも辛い。

 

あれ?なんか大きい話をしようと思ってたのに、結局自分の話になっちゃったな。しかもオチなし。ま、いっか。

 

おしまい